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特別座談会:「コロナ報道」を考える──リスク社会のメディアのあり方

2020/07/10

首相のリーダーシップをめぐって

大石 緊急事態宣言についても、経済危機による損失や犠牲の方が大きくなるので早く解除したほうがいい、いや、感染の蔓延を防ぐためには解除は先延ばししたほうがいいという論争もありました。専門家たちの知見・意見と、報道や世論も横目に見ながら動く政策とが、果たしてどの程度関連性を持って動いているのだろうか、という疑問がずっと続いています。

それと今回のコロナ報道では、この感染が早く収束に向かってほしいという点では一致しているのですが、その目標に向かって進む道があまりにも多岐にわたっている。その上、テレビのワイドショーなどでは、にわか専門家たちが積極的に発言することもあり、ある種の混乱状況が、今あるわけです。

日本の状況はかなりカオスだなという感じを持っているのですが、その点、李さん、韓国ではどうですか。

 韓国ではリスクコミュニケーションの主体ははっきりしています。中央防疫対策本部というところの本部長が毎日のように決まった時間に記者会見を行い、そこからすべての公式の情報が提供されます。このように主体がはっきりしているので、誤情報、ミスコミュニケーションはかなり削減されていると思います。

それに対して日本の場合、最初は加藤勝信厚生労働大臣がやっていて、そのうち経済再生担当大臣の西村康稔さんが新型コロナウイルス対策担当大臣を兼ねて陣頭指揮をとる形に変わっていますよね。さらに自治体の首長さんたちがクローズアップされる形の報道が続いている。北海道の鈴木直道知事とか、小池百合子東京都知事や吉村洋文大阪府知事などがスターみたいになっていく。それに対して政府は何をやっているんだと比べられたりしています。

だから情報の出どころ、リスクコミュニケーションの主体がかなり分散していて、ちょっと混乱するような印象がありました。

烏谷 それに関連して思うのは、安倍首相のメッセージですが、危機の状況の中でもう少しリーダーが前に出てきてもよいのではないかと思うのです。記者会見でも非常に短い時間で予定調和的なやり取りだけをして去って行く。

ご存じの通り、第1次安倍政権では、安倍さんは小泉さんのメディア戦略を真似て一生懸命メディア露出をして支持率を上げようとしたが失敗した。それで、第2次安倍政権になった時にはメディアに対して相当周到な、慎重な戦略をつくり、場合によってはメディアを分断するような形で戦略を組み立ててきた経緯がある。つまり、メディアに対して非常に慎重なんです。

その方針はわかるのですが、こういう危機の時には、リーダーとして前面に出てきてもっとしっかりメッセージを発信しなければいけないし、いわゆる記者クラブと呼ばれるメディアの人たちも、首相の会見については積極的に質疑応答をやって、もう少しプレッシャーをかけてもいいのではないのかと非常に思いました。

大石 まさにそうなのですが、あえて安倍さんを擁護すると、例えば本格的なロックダウンは今の法律の下ではまずできない。そうするとよく言われるように同調圧力的なもので自粛を奨励していくしかないわけです。

一方、国家が強く明確なメッセージを出した時に、それぞれの地方の実情によって新型コロナウイルスへの対処の仕方は違うはずだと言われる。そうすると地方自治体に、政策の具体的な方策と決定を委ねるしかないのだという主張は一理あるわけです。

だから安倍さんたちの明確な方針を打ち出さないという「お任せ」の姿勢によって、地方自治体に決定を委ねるという分権的な姿勢とが上手く重なり合って、烏谷さんがおっしゃったようなメッセージの弱さにつながっていったと言えると思います。

それで首長がやけに目立って頼りがいがあるように見え、ある種スター的な扱いを受けている。片やそういう首長たちも露出度が高まることをどうやら歓迎している。首長の存在感と発するメッセージの強さが、際立つようになってきた。でも、それに対する警戒感も、一般市民の間では、出てきたのではないかと思います。

山腰 「緊急事態宣言」を何で早く出さないんだという批判がありましたよね。そして何で韓国や台湾みたいに強い措置がとれないんだと。こういう危機の中では、ある種強権的な、あるいは人の行動を監視するような状況を求める人が政治的なスタンスにかかわりなく多くいることがわかったのは、今回の1つの特徴なのかと思います。

また、他の国に比べると、日本は国としては抑制的というか丸投げというか、「空気を読みながら各自が判断するように」というメッセージを暗に発していた。国家が責任を取ろうとしない代わりに前面にも出ようとしない。だからメディアが批判の矛先というか立脚点が上手くつくれない部分はあるのかなという気がします。

「世論」の動き

大石 自粛に関しては、同調圧力と皆言っていて、その渦の中に皆が巻き込まれていくというメカニズムが働き、そのことが非常に興味深かったのですけれども。

今のお話を聞いていて、次なるキーワードとしては「世論」だと思うんです。政治家たちは世論を気にしながらも、専門家会議の意見を参考にして政策決定をしていく。けれども他方において皆さんのご協力がぜひ必要だと言う。支持率も含めての世論の動きが非常に目立ってきた。

ソーシャルメディアの世論とマスメディアがつくる世論についてはいかがでしょうか。

 韓国の場合、この前、総選挙があり与党が圧勝しました。それは新型コロナウイルス対策と完全に連動しています。

その数カ月前までは爆発的に感染者が増えて、何で中国からの入国を制限しないんだということで、支持率はどんどん落ちていったんです。しかし、総選挙の直前に感染者数がどんどん抑えこまれ、防疫対策の成果が出てきて、それが完全に選挙の結果に結び付いて圧勝しました。

韓国も最初はコロナ感染拡大が政府批判に使われた。アメリカも、CNNなどはコロナ対策がある種トランプ叩きの最も重要な材料とされています。日本も、基本的には安倍政権に対する批判として、対策の初動の遅れだとかアベノマスクだとか、また、小・中・高の学校の全国規模の休校を非常に早い時点で決めてしまった対策が政府批判の元になった。

今、日米では指導者の支持率がどんどん落ちていますが、不利な世論をつくる上でマスメディアの報道の影響はあったのかなと思います。特にテレビ朝日の朝の情報番組「モーニングショー」を見ていますと、毎朝、安倍叩きをやっていますよね(笑)。

烏谷 近年のメディア研究では世論(せろん)と輿論(よろん)をはっきりと区別するようになっています。メディア史研究者の佐藤卓己先生は「パブリックオピニオン(公論)」を意味する「輿論」と「ポピュラーセンチメンツ(民衆感情)」を意味する「世論」としっかり区別すべきことを提唱しています。

今回、検察庁法改正案に対して、最終的には政治の流れを変えるような輿論の大きな動きが出てきた。これはある意味、民主主義のフィードバックが効いたすばらしい成果だったと称えられる反面、ワイドショーの怒りに連動するような形で、行き過ぎた行動をとる、いわゆる自粛警察という言葉に象徴される過激な言動もネットで見られるなど、両面が非常にはっきり見えてきました。

ネットの暗黒面で言えば、例えば、新型コロナウイルスに感染して陽性だとわかっていたのに山梨からバスに乗ったという人へ、ツイッターで「バイオテロ」という言い方までする人が現れた。これはテロだ、何であいつを捕まえないのだと真剣に警察に電話をし、そういうやり取りがネットの中に出てきて社会的に注目される。

かなり極端なネットの中の声に、世の中の雰囲気が引きずられていくところがあったかと思います。

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