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【講演録】認めあう社会──福澤諭吉の女性論・家族論に学ぶ

2020/03/24

  • 西澤 直子(にしざわ なおこ)

    慶應義塾福澤研究センター教授

みなさま、あけましておめでとうございます。また本日は、福澤先生の第185回目のお誕生日、おめでとうございます。さきほどご紹介に与かりました、西澤直子と申します。本日は誕生記念会でお話をさせていただく機会を与えていただき、大変光栄に存じます。ありがとうございます。今は、とても緊張しております。

ふだん研究発表の場では、福澤先生の業績を客観的に位置づけるために、福澤あるいは福澤諭吉と敬称を付けずに呼ぶことが多いのですが、本日は、先生のお誕生日をお祝いする会ですので、福澤先生とお呼びしたいと考えております。しかし、もしお聞き苦しいことが生じましたら、なにとぞご海容いただければ幸いに存じます。それでは早速本題に入っていきたいと思います。

賛否両論の女性論・家族論

福澤先生が多くの女性論や家族論を執筆されたことは、もしかすると、今はもうあまり知られていないことかもしれません。先生の業績は多岐にわたり、また数も多いので、女性論や家族論が体系的に論じられる機会は、他の論説に比べて少ないと思います。

しかし福澤先生の女性論や家族論は、発表当初から賛否両論を巻き起こし、先生が亡くなられた後も、折に触れて議論がなされてきました。戦後に労働省初代婦人少年局長を務めた山川菊栄(やまかわきくえ)は、『おんな二代の記』の中で、先生の論説に胸の晴れる思いをしたと語り、与謝野晶子は「私は今に至つて先生の卓見にしみじみと同感を禁じ得ないのです。我国に於て最も早く男女同権説を唱へて婦人の独立を奨励せられた偉人は福澤先生でした」(『我等何を求むるか』)と語っています。さらに全国地域婦人団体連絡協議会、いわゆる「ちふれ」の会長を務めた山高しげりは、昭和9(1934)年の著作『婦人問題の知識』の中で、福澤先生の女性論こそ明治の、いな日本の女性論として、今なお名著であると述べています。

その一方で、多くの女性教育者たちは、先生が説くような自己決定力のある女性は、後進国日本が国力を増大しなければならない時においては、男性たちの妨げになると批判しています。そして今もなお、福澤先生の女性論や家族論に対する評価は一様ではありません。

長い間、賛否両論が起こり続けるということは、福澤先生の主張や提言が、問題の本質に迫ったものであることを表していると思います。本日は「認めあう社会」と題しまして、福澤先生がお書きになった女性論、家族論に示唆を得ながら、現代社会で私たちが取り組まなければならない課題について考えたいと思います。

女性活躍の時代?

昨年5月いわゆる女性活躍推進法が改正され、職業生活における女性の活躍が期待されているかのようにみえます。内閣府は、ほぼ2年に1度「男女共同参画社会に関する世論調査」を行い、その質問項目の中には「夫は外で働き、妻は家庭を守るべきである」という考えに、賛成か反対かを問うものがあります。

平成28(2016)年に発表された結果によりますと、この問いに対して、賛成あるいはどちらかといえば賛成、つまり「夫は外で働き、妻は家庭を守るべきである」という意見が、一番多かったのは、おそらくご想像の通り70代以上の男性ですが、次に支持率が高かったのは、なんと20代、20〜29歳までの女性です。実に47.2%、20代の女性の半数近くが、夫は外で働き、妻は家庭を守るという考えを支持していることになります。平均は40.6%ですから、この世代の支持の高さが窺えます。

この結果をみて、「あぁ20代の女性は、まだ結婚や家庭生活に憧れがあるからなぁ」などと能天気に考えてはいけないと思います。この調査では、18歳から29歳の女性の割合も公表されていますが、18歳と19歳が入っただけで、割合は6.1%も下がります。そのことは一体何を意味しているのでしょうか。

「学校生活においては不平等を感じる機会が少ない」という同調査の結果も踏まえて、私は次のように考えます。大学を卒業するころまでは、おそらくあまり男女の不平等を感じずに過ごしてきた女性たちが、就職後年数が経つほど男性との格差を知り、乗り越えられない壁、ガラスの天井にぶつかって、むしろ家庭を大事にする生き方のほうが幸せなのではないかと考え始める、その結果なのではないか、決して積極的な選択とは言えないのではないか、と思うのです。

今ご紹介したデータは平成28年に発表されたものですが、実は昨年9月に発表された最新データがあります。ところが最新版では、意図的か否かはわかりませんが、20代の数値が公表されておらず、18歳から29歳のみになっていますので、今申し上げたような比較ができなくなっています。全体では夫は外、妻は家庭という考えを支持する人は5%ほど減っていますので、好転していくとよいと思うのですが、しかし昨年末に残念な結果も発表されました。

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