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【講演録】インターネット文明論之概略

2019/04/09

  • 村井 純(むらい じゅん)

    慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科委員長、環境情報学部教授

ご紹介いただきました環境情報学部の村井です。歴史ある三田演説会での講演の機会を賜り、大変光栄に存じます。この厳かな雰囲気の中で、本日のテーマは「インターネット文明」なのですが、タイトルの末尾に「論之概略」と付けてしまったことを少し反省しつつ(笑)、お話しさせていただきます。

私は昭和30(1955)年、信濃町は慶應病院で生まれました。父も文学部の教育哲学の教授でしたので、慶應義塾には人生のスタートから大変お世話になっています。そして大学は工学部(現・理工学部)に進み、オペレーティングシステムというソフトウェアの研究をしました。それがきっかけでコンピューターネットワーク、これからお話しするインターネットの研究に取り組んできました。

インターネットは「文明」か?

平成はインターネットの時代であった

ご存じのように、2019年は平成最後の年となります。多くのメディアで平成を総括する企画が持ち上がっているそうですが、平成の30年間を総括するキーワードの1つとして「インターネット」が挙げられることが多く、私にもあちこちからお声がかかります。平成という時代を振り返ったとき、最も大きな社会的出来事の1つとして、インターネットの普及を考える人が多いということでしょう。

事実、日本でのインターネット普及率は90%近くになり、もはや私たちの生活はインターネットと切り離せません。このような状況をもって、私は昨今、「インターネット文明」という言葉を使うようにしております。

慶應義塾はKGRI(慶應義塾大学グローバルリサーチインスティテュート)の下部組織として2018年にCCRC(サイバー文明研究センター)を立ち上げ、デイビッド・ファーバー教授をお招きして、私とともに共同センター長を務めていただいています。ファーバー教授は84歳になりますが、彼の弟子の多くがコンピューターサイエンスやコンピューターネットワークの分野でリーダーとして活躍しているという、IT(情報技術)分野の世界的な権威です。先ごろ、三田でシンポジウムを行い、インターネットというテクノロジーを「文明」ととらえる視点、つまりインターネットによって築かれた私たちの社会と生活の特徴や変化をどう理解すべきかといった問題を議論しました。現在は、インターネットによって更に大きく社会が変革されようとしている、大変重要な時期なのではないかと思います。

今日は皆さんと一緒に、インターネットはどうしてできたのか、インターネットを「文明」という観点でとらえたときに何が見えてくるのかということをお話しし、皆さんのお知恵をいただきたいと考えております。

デジタルテクノロジーに囲まれた生活

まず、文明とは何でしょうか。

第1に、文明には基礎となる科学があります。数学や天文学といった知識の蓄積が基礎になって文明が発生し、そこから人間は道具を作り、技術を発明し、さまざまなものを創造していきます。例えば、スフィンクスであったり、ギリシャ建築であったり、いずれもその文明を象徴するものが存在します。こうして人間が作り上げたものの中で社会ができ、ときには2つの文明が対立したり、あるいは伝承があったり、それらが文化や社会を生む基盤となる。このようなものが文明ではないかと思います。

第2に、文明には地理的な地点と範囲があります。中東、アフリカ、あるいはアジアという場所です。そして2つ以上の文明が同時に成立しているときに対立や摩擦、あるいは融合が生じます。文明とは、そのように性格づけることができるだろうと思います。

そこで考えてみると、今日、デジタルテクノロジーが身の周りに溢れ、私たちの90%以上がデジタルデータ(数値化されたデータ)を使える社会が誕生しました。パソコンはもちろん、皆さんがお持ちのスマートフォンやテレビ、さらに電気炊飯器も素晴らしいコンピューターです。「はじめチョロチョロ、中パッパ」をコンピューター制御で実現しているのです。その意味で、炊飯器はロボットだと言ってもよいくらいです。こうして、デジタルテクノロジーを使って営まれる生活が社会全体にほぼ行きわたったのが、現代という時代だと言えます。

私たちはデジタルテクノロジーに囲まれて生活を送り、社会を作り、その中で時に対立が起こり、あるいは犯罪など技術の悪用・濫用も生じてきます。実は、これまで人類が生み出してきた道具や技術も同じ道をたどってきました。そして、デジタルテクノロジーやコンピューターがもたらした生活・社会環境の特徴をとらえたとき、まさに現在、「インターネット文明」と呼ぶにふさわしい状況が生まれていると考えられるのです。

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