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【講演録】金正恩政権の北朝鮮と国際社会

2019/02/14

核ミサイル問題の行方と日本

日本は「蚊帳の外」なのか?

最後に、日本のお話をしたいと思います。北朝鮮問題をめぐっては、よく日本「必要論」と「蚊帳の外論」との間で議論されるようですが、北朝鮮側から見た具体的な論点としては、一つが朝鮮戦争の終結、つまり平和体制構築へのきっかけとして休戦協定の問題があります。そしてもう一つが、経済発展に向けての国際支援の獲得となります。国際社会が日本に期待するのは主に後者で、日朝国交正常化後に日本が北朝鮮にどれだけの経済支援を提供できるのかということが議論になっています。

中国や韓国の専門家と話していても、小泉政権時代の日朝平昌宣言によって、国交正常化の暁には経済協力をすることになっているが、いったいどのくらい出せるのかという話題が盛んに出ます。もちろん、私はそれを知る立場にありませんし、小泉総理と金正日総書記との間で具体的な額が出たという話も聞いていません。ただ、交渉の過程で60億ドルあるいは100億ドルという数字が出たという報道はありました。

ちなみに、その積算根拠ですが、日韓国交正常化の際の有償・無償を合わせた日本の供与額が5億ドルでしたので、これをその当時のレートなり国力なりを基に換算すると、およそ60億ドルあるいは100億ドルになります。そんな話を韓国の友人にすると、「では、今なら300億ドルか」と返ってきます。私は経済専門ではありませんが、日本国内でそんな話は聞こえないし、むしろ100億でも厳しいという声さえあります。

いずれにせよ、北朝鮮の非核化が進み平和体制の構築問題が焦点になる時、日本に対して経済的な期待があることは事実ですが、平和体制がどのようなメカニズムになるにせよ、安全保障面でも日本の役割が不可欠であることは間違いありません。だからこそ日本としては、核ミサイルの問題が解決され、日朝2国間の問題が解決されれば国交正常化し、その後に経済協力という日朝平昌宣言を基本とする原則を曲げず、冷静に対応する必要があります。

安倍政権の姿勢と課題

2018年1月以降、安倍政権の強硬な姿勢に対して国内外で日本の「乗り遅れ論」や「蚊帳の外論」が出ていますが、私自身は、安倍政権の北朝鮮政策は、基本は変わっていないものの雰囲気はずいぶん変わったという印象を持ってます。

例えば、2017年の安倍総理の国連演説では、「必要なのは対話ではない。圧力なのです」とまで言い切りました。帰国された後、当時の衆議院選挙などでは「対話に引き出すための圧力だ」と表現は変わりましたが、それでもかなり厳しい言い方だったわけです。

ところが、今年の国連演説では「北朝鮮との相互不信の殻を破り、新たなスタートを切って、金正恩委員長と直接向き合う用意があります」と語りました。この部分はテレビや新聞で強調されるところですが、私はその手前の部分、「手つかずの天然資源と大きく生産性を伸ばし得る労働力が北朝鮮にはあります」、そして「私たちは北朝鮮がもつ潜在性を解き放つための努力を惜しまないでしょう」という2つの文章に大きな変化を感じています。今後の流れの中で、日本がどのような役割を果たすのかということを明確に示していると思うからです。ただし、「実施する以上、拉致問題の解決に資する会談にしなければならないと決意します」と条件が付けられています。当然ですが、拉致問題がどのように処理されるかがカギになっています。

拉致問題について、北朝鮮はしばしば「解決済みである」と言っていますが、北朝鮮の対応は日本側の対応次第だろうと思っています。北朝鮮はこれまでも解決済みとの立場でしたが、再調査には何度も応じてきました。しかし、再調査の結果が日本にとって納得のいかないものであったり、再調査の結果自体が出てこなかったりしたために、先へ進めませんでした。私は、日本が真相究明に向けて、具体的にどう関わっていくのかということがより重要になるだろうと思います。つまり、これまでのように北朝鮮側に一方的に再調査をさせて、その結果を日本側が判断するという方法ではなかなか進まないので、むしろ日本側が納得できるように真相究明に関わっていく必要があるということです。

もう1点、河野外務大臣が中距離・短距離ミサイルの廃棄を繰り返し訴えていますが、北朝鮮にも自衛権があります。私は別に北朝鮮の肩を持つわけではありませんが、例えばICBMについては、米朝関係が改善されれば保有する必要はないというロジックもあり得るでしょう。しかし、短距離・中距離ミサイルは依然として自国防衛に必要な軍事力のはずです。もちろん、日本にとっては重大な脅威ですので、北朝鮮に短距離・中距離ミサイルを放棄させるために、どのような枠組みやプロセスで軍縮を進めるかについても別途に工夫が必要だろうと思います。

その意味で、日本は対北朝鮮政策の基本である「拉致・核ミサイル問題の包括的解決」および「国際的協調」の2つを前提にして、対話と圧力をバランスよく使いながら北朝鮮に向き合っていく必要があるでしょう。やはりこれが基本姿勢であることは変わらないと思います。

国際的な動向を受け、安倍政権の姿勢にも変化が見られます。今後、米朝関係や中国、韓国の動きを踏まえつつ、日本はどう動いていくのか。核問題が当初に期待されたような形では動かないとすれば、日本の役割はますます大きくなっていくだろうと思います。

以上で私の講演を終わらせていただきます。ご清聴、ありがとうございました。

(本稿は、2018年11月5日に行われた「小泉信三記念講座」での講演をもとに一部を加筆修正したものです。)

※所属・職名等は本誌発刊当時のものです。

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