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【講演録】金正恩政権の北朝鮮と国際社会

2019/02/14

米朝の溝と韓国、中国──核ミサイル問題進展のための構造的課題

「北朝鮮の非核化」か「朝鮮半島の非核化」か?

北朝鮮とアメリカの間で「非核化」についての溝があることは間違いありません。アメリカは、まず「北朝鮮の非核化」を優先し、その後に制裁の解除、さらには体制の保証に移るというのが基本姿勢です。ただし、実はトランプ大統領が本当にそう思っているのかどうかは分かりません。その点が曖昧になる可能性も含めて、私たちは注意して見ていく必要があります。

一方、北朝鮮が望んでいるのは「朝鮮半島の非核化」です。自分たちが安心して核を放棄できるような「平和体制」を構築してほしい、つまり体制の保証と核放棄が同時でなければならないというのが北朝鮮の立場だろうと思います。

繰り返しますが、北朝鮮は必ずしも白旗を上げて「核を放棄します」と言っているのではなく、大きな取引として核を放棄する可能性を示しているのだと思います。既に持っている核を認めさせたままアメリカとの関係を構築したい、というのが本音でしょうが、それが難しいとすれば「核を放棄する意志はあるのだから、安心して核放棄できるような環境を作ってくれ」ということです。具体的には、アメリカからの軍事攻撃を受けないような、東アジアにおける平和体制を作ってほしい。米朝関係がうまくいかない時でも、中国、韓国、ロシアなどが加わって、アメリカが乱暴なことをしないようにしてほしい。さらには、経済発展のための手助けをしてほしいというのが、北朝鮮の望みだと思います。

存在感を増す中国、その狙いは?

ご承知のとおり、中朝関係は1992年に韓国と中国が国交を正常化したことをきっかけに冷却化していました。しかし、金正日総書記が金大中大統領との南北首脳会談の直前に電撃的に中国を訪問し、中朝関係を回復していきます。彼は亡くなる直前まで中国に足しげく通っておりました。

一説によると、金正日総書記は最後の訪問時に、中国側に二つの要請をしたと言われます。一つは核の傘を提供してほしい、もう一つは、通常兵器の近代化を助けてほしいということです。もちろん、真偽のほどは定かでありませんが、昨今の状況、例えば北朝鮮が核を放棄した場合に何が起こるかを考えると、何となく腑に落ちるところもあります。

北朝鮮は2013年の党中央委員会総会で核と経済の並進路線を掲げ、以来、安全保障に関しては核ミサイルにエネルギーを集中したわけですが、その半面で通常兵器の近代化が置き去りにされてきました。

この状況で核を放棄したら、北朝鮮の安全保障はどうなるのか。老朽化した通常兵器だけで自らの安全保障をどうしていくのか。仮にアメリカが韓国に核の傘を提供し続けるなら、北朝鮮も中国の核の傘に入り、かつ通常兵力を整備しなければ、核を放棄することなどできないでしょう。もっとも、この場合は中国の属国のようになって、それで北朝鮮の主体性が維持できるのかという別の問題も出てきますが。

いずれにせよ、北朝鮮にとっては、平和体制の構築──体制の保証と経済制裁の解除──が最も重要な外交目標となりますし、中国もそのような方向で動かなければいけないという状況かと思います。

では、この状況を中国の専門家はどう見ているか。私が2週間ほど前に中国での会議に出席し、専門家たちに直接話を聞いたところ、半々というところでしょうか。朝鮮半島問題を専門とする研究者は、「北朝鮮は核を放棄する決断をしていると思う」と分析する人たちが多いように思います。一方、安全保障、国際関係を専門とする研究者は、「北朝鮮は核を放棄しない」と分析する人たちが多いように思います。

ところが、北朝鮮の意図については意見が分かれる人たちも、結果については「うまくいかないだろう」という見解で一致するのです。それというのも、彼らはアメリカがこの交渉プロセスを受け入れないと考えているからです。北朝鮮は、核放棄の用意はあるけれども、無条件で放棄するわけではなく、むしろ取引しようとしている。それにアメリカは付き合えないだろう。また中国も、現在の貿易戦争のような対立関係を前提にすれば、なかなかアメリカの思うように動くつもりはない。だとすると、おそらくアメリカは痺れを切らして、このプロセスは座礁するだろう。こうした推測から「北朝鮮に核放棄の決意あり」と考える人々も、放棄へのプロセスは失敗すると予想しているのです。これが、今回、私が中国で得た一つの興味深い印象です。もちろん、今後の米中関係次第で中国の対応も変わるでしょうが、やはり中国はどちらかというと北朝鮮寄りであって、アメリカへの不信感や警戒感のほうが強く、核放棄のプロセスを成功させるためにはアメリカが姿勢を変えなければいけないという捉え方をしています。

この点を少し補足しておきましょう。中国の北朝鮮問題についての捉え方は、日本人のそれと少し違っています。例えば、しばらく休会状態が続いている6カ国会議(6者会合)について、日本はこの会合を「北朝鮮に核を放棄させるための枠組み」と捉えています。しかし、中国の専門家たちは、それと同時に「アメリカの行動を制御するための枠組み」でもあると考えているのです。

私はいつも「中国は国際社会と北朝鮮の間に立っている」という言い方をしていますが、より積極的に言えば、彼らは「東アジアにおけるアメリカの軍事的プレゼンスをいかに制限するか」ということを追求しています。今回の一連のプロセスでも、王毅外相は「中国の玄関先である朝鮮半島でアメリカが軍事行動を起こすことは絶対に許容できない」と繰り返し警告しています。私たちは、このことを前提にして中国の言動を見ていく必要があります。

緊張緩和を進める韓国は勇み足か?

次に、米韓関係について考えてみましょう。自らを米朝間の仲介者と任じ、2018年1月1日以降の流れを止めてはいけないという立場なのが韓国です。ただし、9月の平壌共同宣言などを見ると、韓国はやや勇み足のような印象を受けます。例えば安全保障面でも、ずいぶん踏み込んで南北関係を変化させており、アメリカ側が不満を抱えているのが昨今の状況です。

私は、2018年の1月から2月にかけて韓国を訪問する機会がありました。まさに韓国がイニシアティブをとって南北首脳会談を準備し、また北朝鮮の平昌オリンピック参加を実現させた時期です。その時に韓国の関係者が盛んに言っていたのは、自分たちの対北朝鮮政策は、本当に「こんなに細かいことまで」というぐらい、すべてアメリカと協議・交渉しており、アメリカが納得したことしかやっていないということです。

例えば平昌オリンピックでは女子アイスホッケーで南北合同チームが実現しましたが、そのユニフォームはアメリカのノースフェイス製でした。しかし、アメリカ製品を北朝鮮に提供することには国連決議との関係で慎重に対応する必要があったようで、ロゴをどうやって見えないようにするかについて外交ルートでアメリカと相談し、許諾を得たそうです。それぐらい丁寧に対応しているのだから、日本で言われるような「勇み足」「前のめり」にはなっていないというのが彼らの主張でした。

それを聞いて、私も「そういうものか」と思っていましたが、9月の平昌宣言や3回目の南北首脳会談に対するアメリカ側の反応を見ると、やはり勇み足と言わざるを得ない部分があるようにも思われます。

冒頭で、北朝鮮問題を「北朝鮮の非核化」と捉えるのか「朝鮮半島の緊張緩和」と捉えるかによって評価が異なるというお話をしました。以前、国連の北朝鮮制裁専門家パネルの関係者と意見交換をした際、「最近、韓国は人道支援の枠組みをどうやって広げるかということばかり考えている」「中国とロシアは制裁解除を正面突破でやろうとしている」「それに対してアメリカは腰が定まらない」、そのため日本だけが厳格に制裁を実施しようとしているという話を聞きました。それなら、安保理の常任理事国であるイギリスとフランスに働きかければよさそうなものですが、その当時はフランスもイギリスも、とにかく北朝鮮が今の流れから離脱しないようにということばかり言っていたそうです。

その背後には、北朝鮮もさることながら、どうやらトランプ大統領も何をやるか分からないという警戒感があったようです。そうした文脈から、イアン・ブレマー氏の「2年前に比べれば安全な地点にいる」という評価も出てくるのだと思います。

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