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【講演録】金正恩政権の北朝鮮と国際社会

2019/02/14

金正恩政権は核を放棄するか?

時間稼ぎか、一方的放棄か?

このような認識を前提として、では次に「金正恩政権は核を放棄するのか」という問題を考えてみましょう。米朝首脳会談から既に5カ月近くが経過していますが、当初の期待に比べ、残念ながら北朝鮮の核放棄が進展しているとは言えません。ここまで、核放棄をめぐっては大きく三つの見方があったと思います。

一つは、「北朝鮮が核を放棄するはずはない。核ミサイル完成のための時間稼ぎなのだ」という説です。まだ、アメリカに届く実戦配備可能な核ミサイルは完成していないのだから、それを完成させるための時間稼ぎとして、このような融和路線、対話攻勢に出ているのだという見方があります。

もう一つは、「いや、そんなことはない。金正恩委員長は、自分の使命として経済発展を目指しているのだから、核を放棄するという戦略的な決断をしたのだ」という解釈があろうかと思います。

では、私はどうかと言いますと、そのどちらでもなく、三つ目の見方として、アメリカの対応次第だと考えています。

まず、最初の核ミサイル完成のための時間稼ぎという考え方について。これも全否定はしにくいのですが、仮に北朝鮮がわずかな数の核ミサイルを完成させたからといって、米朝のゲームが大きく北朝鮮に有利に働くとは考えられません。核ミサイルを完成させて軍縮交渉を、ということなのでしょうが、アメリカがそれに応じるとは思えませんし、北朝鮮もそう理解しているはずです。

むしろ、完成していない現在の状況で交渉に出たほうが、アメリカに対して交渉の余地はあると考えるでしょう。完成させてしまったら、そしてアメリカが北朝鮮を「非合理的」と判断した場合、軍事行動も辞さないという事態になりかねません。そう考えると、現在のほうが状況はいいわけですから、北朝鮮はそのことを合理的に理解したうえで、交渉に出てきているのだと、私は判断しています。

一方、北朝鮮が核放棄を戦略的に決断したという解釈についてですが、これも残念ながら無条件での放棄は期待できません。私は、北朝鮮が核ミサイルでアメリカおよび国際社会を相手に大きな取引をする決断をしたと考えています。

北朝鮮にとっての「非核化」とその条件

多くの人々は、北朝鮮が核を放棄することを「申し訳ありませんでした。今までやってきたことは間違っておりました」と国際社会に恭順の意を示すというイメージで捉えているようです。しかし、2018年9月の国連総会で北朝鮮の李容浩外務大臣が「一方的に核武装を解除することは絶対にあり得ない」と発言しました。同じく9月に開催された3回目の南北首脳会談の中でも、「アメリカの対応次第で自分たちの対応を決める」という表現が明確に使われています。私たちが注意しなければいけないのは、「朝鮮半島の完全な非核化」と言った場合、いわゆる敗戦国の武装解除ではないのですから、北朝鮮が無条件で一方的に核を放棄するということはあり得ないわけです。

さらに、先ほども触れた2018年1月1日の「新年辞」では、「責任ある核強国として、侵略的な敵対勢力がわが国家の自主権と利益を侵さない限り核兵器を使用しない」と明言する一方、「核のボタンは私の執務室の机の上に常に置かれている」とも言っているわけです。これは、ご記憶の方もいらっしゃるでしょうが、その翌日にトランプ大統領が「私の執務室にある核のボタンはもっと大きい」とツイートし、変な言葉のキャッチボールが成立してしまったという文言です。

北朝鮮が戦略的な決断をしたという解釈の根拠になるのが、2018年4月20日、ちょうど最初の南北首脳会談の1週間前に開催された朝鮮労働党中央委員会総会での決定書です。この党中央委員会総会とは党大会と党大会の間に行われ、会議としては党大会の次に位置するもので、北朝鮮にとってはその時々の重要な内容を決定する会議です。彼らはそこで「4月21日から核実験と大陸間弾道ミサイル、ロケット試射を中止する。核実験の中止を透明性のあるものに裏付けるために、北部核実験場を廃棄する」と表明し、かつ「核実験の中止は世界的な核軍縮のための重要な過程」と位置づけました。ただし、ここにも「わが国家に対する核の威嚇や核の挑発がない限り、核兵器を絶対に使用しないし、いかなる場合にも核兵器と核技術を移転しない」という文言が入っています。

つまり、「もうこれ以上は核実験をしないし、ミサイル発射実験もしない」。それは間違いありません。しかし、既に保有している分に関しては、少なくとも中央委員会総会の決定書では「放棄する」とは言っていない。重要なのはむしろ、自らの核保有を前提にして、「わが国家に対する核の威嚇や核の挑発がない限り、核兵器を絶対に使用しないし、いかなる場合にも核兵器と核の技術を移転しない」としている点です。

実は、2016年5月に行われた第7次朝鮮労働党大会でも、同様の主張が見られます。すなわち、「責任ある核保有国として、侵略的な敵対勢力が核でわれわれの自主権を侵害しない限り、既に明らかにしているとおり先に核兵器は使用しないであろうし、国際社会に対して負った核拡散防止の義務を誠実に履行して、世界の非核化を実現するために努力する」と。

この党大会というのは、北朝鮮の最高の決定機関で、本来は定期的に開催されることになっているのですが、1980年を最後に、実に36年間も開催されていませんでした。この期間は金日成政権の最晩期から金正日時代に当たり、金正日時代とは危機管理体制でしたから、本来の姿とは違った形で政権運営が行われたわけです。このことを踏まえれば、金正恩委員長が党大会を開催したのも、彼が朝鮮革命を本来の姿に戻し、その政策決定のあり方も正常化させるという意思表示だったのだろうと思います。

ただし、党大会が開かれた2016年というのは、1月に通算4回目の核実験が行われ、その後もミサイル発射実験を連日のように繰り返し、1年間で合計20数回の弾道ミサイル発射実験が行われた年でした。

なぜ2018年4月の党中央委員会総会が注目されたのか。1月1日の「新年辞」をきっかけにして、2月の平昌オリンピックへの北朝鮮参加、3月前半には南北首脳会談の開催決定、そしてアメリカのトランプ大統領が「では米朝首脳会談をやる」と発言し、流れが大きく変わった後の決定書で核実験の中止を表明したので、こうした一連の流れが注目されたのでした。同時に、この決定書では経済中心の路線に転換することも謳っています。この2点から、北朝鮮は戦略的な決断をしたのだと評価されたのです。

しかし、少なくとも「責任ある核保有国として、侵略的な敵対勢力が核でわれわれの自主権を侵害しない限り」という条件に関しては、国際社会にミサイル発射を繰り返していた2016年も、融和が進んだ2018年も、実は変わっていません。ある意味、北朝鮮は基本的に変わっていないとも言えるわけです。もちろん、だから「時間稼ぎ」だとは思いませんが、北朝鮮が白旗を上げたわけではないので、現段階で北朝鮮の一方的な核放棄を期待することはできないのです。

それでも、北朝鮮が経済中心路線に転換しようとしていることは事実でしょうから、これを実現するために、北朝鮮は大きな取引に出ているのだと思います。だからこそ、米中をはじめ国際社会の対応が非常に重要になってくるのです。

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