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【講演録】金正恩政権の北朝鮮と国際社会

2019/02/14

金正恩政権は何を目指すのか?

「常軌を逸した独裁者」イメージの真相

さて、北朝鮮という国家の合理性に続いて、金正恩委員長という個人の思想と行動に焦点を移したいと思います。皆さんは、金正恩委員長に対してどのようなイメージをお持ちでしょうか。義理の叔父である張成沢氏を粛清した人物、あるいは実兄の金正男氏を殺害した男、さらに政権の幹部を次々と粛清していく常軌を逸した独裁者というイメージをお持ちの方もいらっしゃるだろうと思います。

ただし、これらの情報は、当時の韓国の朴槿恵政権から北朝鮮に対する国際世論のイメージ操作として、意図的に出されたような印象もあります。また日本をはじめ各国メディアが特定のイメージを前提として北朝鮮の異様さをアピールするような報道を繰り返した結果という面もあるだろうと思います。

それが、2018年に入ってから一変します。トランプ大統領も「金正恩委員長はいいやつだ」、「高潔な人間だ」と称賛しました。「叔父殺し、兄殺し」から「高潔な指導者」へと、このジェットコースターのような変化はいったい何なのだろうと思うわけです。

私自身は、叔父殺し、兄殺しの常軌を逸した指導者というイメージにも違和感がありますし、昨今の高潔な指導者というのも首肯しかねます。例えば粛清と呼ばれている一連の出来事は、大きな流れで見ると、金正日総書記の時代から金正恩体制への移行過程における、ある種の権力闘争であったと評価すべきだと考えています。

危機管理体制から平常化への回帰?

北朝鮮では、金一族の血統が非常に重要視されています。そして、金正日総書記から金正恩委員長への権力継承に関しては金正日総書記が自ら決定したと伝えられていますから、それ自体が覆されることは考えにくいでしょう。それでも、三男である金正恩氏に継承させるにあたって、金正日総書記は生前からさまざまな準備をしました。そのようにして父親から与えられた権力を自らの権力構造に作り変えていくプロセスが、まさにこの2〜3年間に起きていたことだと、私は理解しています。

もちろん、個別の事例に関してはそれぞれ事情が異なるでしょうから、慎重に検証する必要があると思います。その一方で、張成沢氏や金正男氏が排除された理由は、大きく考えれば、金正日体制から金正恩体制へと移行する権力闘争の中で起きた出来事と言えるでしょう。

このような権力の組み換えが起きる理由を理解するには、金一族の3代の歴史的な位置づけを考える必要があると思います。初代の金日成時代を振り返ると、ロシア革命に影響を受けて社会主義革命が世界的に展開される中、その思想的な支えになったマルクス・レーニン主義がアジアに伝播し、アジアの共産主義革命の一形態として北朝鮮が誕生し、その中心となったのが金日成氏でした。この時代、北朝鮮は東西冷戦という固定的な国際関係の中における社会主義陣営の一員であり、その立ち位置から政権の維持が追求されました。

一方、続く金正日氏の時代は、冷戦が崩壊して国際社会が劇的に揺れ動く中で、自分たちの体制を維持しなければなりませんでした。そのため、金正日総書記自身が先頭に立って軍と一体化し、いわゆる「先軍政治」を行ったわけです。金正日氏が権力を掌握していったこの時期、東側諸国ではルーマニアのチャウシェスク大統領が民衆の手によって処刑され、中国では天安門事件が起きています。これらの出来事から金正日総書記が得た教訓は、「やはり重要なのは、政変の最後の瞬間に軍がどちらにつくのかだ」ということでしょう。ルーマニアでは、軍はチャウシェスク政権ではなく民衆の側についた。一方、中国では中国共産党を守るように人民解放軍が動き、その結果、体制は維持された。

だから、北朝鮮でも自分たちの体制を維持するように軍をコントロールする必要があったのです。おそらく、それが金正日政権の先軍政治の本質であって、北朝鮮の歴史の中で考えれば、冷戦終結に伴う危機をいかに脱するか、ある種の「危機管理体制」として政権運営を行ったのが金正日総書記の時代だったと思います。ここで、もし金正日総書記が自分と同じように軍と一体化する形で、まだ若く経験も十分でない金正恩氏に政権を渡してしまえば、軍の影響を強く受けてしまう。それを回避するためには党が軍をコントロールする本来の形に戻さなければならなかった。そのために党を整備してその中心に金正恩氏を据える。その際、若い金正恩氏の後見人として軍、党から何人か据える。これが、おそらく金正日総書記が準備したものなのだろうと思います。

しかし、金正恩政権がスタートして5年が経ち、かつて金正日総書記が準備をした体制とは顔ぶれが大きく変わりました。これは金正恩委員長が自ら中心となって、自分の政権に作り変えてきた結果だと思います。それが完成したのか、まだ途中なのかということは、今の段階では言えません。

父親の金正日総書記の歴史的使命が危機管理状況下で北朝鮮の体制を守ることだったとすれば、金正恩委員長の歴史的使命は、北朝鮮を本来の革命の姿に戻し、初代の金日成主席からの目標である革命を完成させることなのでしょう。だから、まずは金正日政権からの流れを受けて自国の安全を確保するために核ミサイルに注力し、合わせて経済発展を目指すという並進路線を取ってきたのです。

そして、2017年11月29日にアメリカまで届くミサイル発射実験を成功させ、並進路線に「勝利」したのだから、今後は経済建設中心路線に転換して経済発展を目指すというのが、おそらく金正恩委員長の目指すところなのだと思います。

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