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【講演録】金正恩政権の北朝鮮と国際社会

2019/02/14

  • 平岩 俊司(ひらいわ しゅんじ)

    南山大学総合政策学部教授・塾員

ご紹介にあずかりました南山大学の平岩です。私は学部生時代、東京外国語大学で朝鮮半島の近代史を学び、兪吉濬(ユギルチュン)という開化思想家について研究しました。この人物は韓国の近代思想の祖とも言われていますが、慶應義塾に最初に留学に来た学生のうちの1人だそうで、帰国後に福澤先生の『西洋事情』を参考にしながら『西遊見聞』という本も著しています。そのような意味で、私は学部の頃から慶應にご縁があったことになります。その後、関心が徐々に現代へと移り、慶應義塾の大学院で小此木政夫先生にご指導をいただきました。そして本日、この小泉信三記念講座でお話をさせていただく栄誉にあずかり、緊張しながらも非常に感激しております。

本日は「金正恩政権の北朝鮮と国際社会」と題して、ただいま国際社会の注目を集めている朝鮮半島情勢の実情や背景などについて、できるだけ分かりやすくお話ししたいと思います。

核ミサイル問題をめぐる朝鮮半島情勢、危機回避か非核化か?

2018年、本質的な変化を迎えたか?

ご承知のとおり、2017年末までの朝鮮半島情勢は、北朝鮮が連日のようにミサイル発射実験や核実験を行い、それに対してアメリカのトランプ大統領が激しく批判するという具合で、本当に一触即発のような雰囲気がありました。

ところが2018年の1月1日、北朝鮮の金正恩委員長が施政方針演説に当たる「新年辞」を発表し、この中で2月の平昌オリンピックに参加する可能性を示唆したわけです。これをきっかけに韓国が積極的に動き、南北関係が一気に進展します。前年までの一触即発の雰囲気から対話の方向へと一気に移行していきました。

ただし、この流れを本質的な変化と呼べるかどうか。つまり、北朝鮮がこれまでの姿勢を改め、国際社会に協調・恭順の意を示したのかと考えると、一般の期待とは違って、そうではなさそうだというのが、現時点での私の見立てです。

もちろん、前年までの状況を踏まえれば、大きな変化の中にあることは間違いありません。したがって、私たちはこの変化をより本質的な変化につなげるために何をしなければいけないのか、ということを考える必要があると思うのです。

1つの大きな変化として、例えば2018年に入ってから韓国と北朝鮮の南北首脳会談が3回行われました。さらに、6月には米朝首脳会談も行われました。1年前に、米朝首脳会談が行われるであろうと予測した人がどれだけいたでしょうか。当時、アメリカで盛んに議論されていたのは、北朝鮮が核放棄をしない場合にどう行動すべきかということでした。高度の緊張状態が続いていたので、まさかトランプ大統領が金正恩委員長と会談するなどとは考えにくい状況でした。

また、この一連の動きの中で自らを米朝関係の仲介役と任じる韓国の役割が、非常にクローズアップされました。私たちは、米朝関係さらに両国と韓国の連携についても注意して見る必要があると思います。

もう1つ注目されるのが中朝関係です。ここ数年、中国と北朝鮮は関係がよくない時期が続きました。習近平政権がスタートすると同時に、北朝鮮は人工衛星発射と称してミサイル発射実験、そして核実験も行う。さらに、中国と北朝鮮とのパイプ役になっていた張成沢氏(金正恩委員長の義理の叔父)が粛清されてしまう。そして2017年2月には、実の兄である金正男氏が暗殺されます。彼は中国に庇護されていたと言われます。こうした出来事が両国関係にどれほど本質的な影響を与えたかは慎重に検証する必要がありますが、両国が冷却関係にあったことは間違いありません。

ところが、2018年に入り、金正恩委員長が最初に首脳会談を行った相手が習近平国家主席でした。南北首脳会談の直前に電撃訪問したわけで、これが金正恩委員長の外交デビューともなりました。そして、その後の流れの中で中国の存在感が大きくなります。ご案内のとおり、6月12日にシンガポールで行われた史上初の米朝首脳会談に際して、金正恩委員長は中国の飛行機をチャーターして会場に向かいました。中国は、まさに隠れた参加者だったのであり、そんな中国の動きが今後の朝鮮半島情勢で極めて大きな意味を持つことは間違いないと思います。

危機の本質は北朝鮮の核か、朝鮮半島有事か?

結局、この一連の流れをどのように評価すればよいのでしょうか。国際社会の一般的な捉え方としては、2つに分かれると思います。

1つは、日本で多く見られる否定的な評価、つまり「北朝鮮は全然変わっていない。核も放棄しないし、単なる時間稼ぎなのだ」という評価です。とりわけ米朝首脳会談以降、核問題が劇的に進展するかもしれないという期待が膨らんだこともあり、その後の停滞に対して「そら、見たことか」という論調が出てきています。

その一方、実はアメリカ、中国、韓国などでは、「もちろん、非核化はなかなか難しいだろう」と言いながら、「去年の危機的な状況に比べれば、戦争の可能性が低下しただけで十分だ」という論調も多く見られます。政治学者のイアン・ブレマー氏は『読売新聞』(10月19日)で「米国主導で築き上げられてきた国際秩序が揺らいでいる。米国の指導力の欠如が原因だ」としつつも、北朝鮮の問題については「たとえこのまま非核化が進まず、対話だけが続いたとしても、我々は2年前に比べれば安全な地点にいる……トランプ米大統領の功績を認めなければならない」としています。これは米朝首脳会談を高く評価しての発言なのですが、このような見方がアメリカの政治学者の中から出てきているのです。

日本では、北朝鮮が核を放棄するのかどうか、つまり「恒久的な非核化」の如何それ一点が評価の基準になりがちですが、国際社会はむしろ東アジア全体の国際関係の中で、朝鮮半島の安定をいかに確保するかという視点で見ています。その意味で、朝鮮半島をめぐる問題設定そのものから考え直してみたい、というのが、本日のお話のテーマです。

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