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【特集:「多死社会」を考える】
山田 慎也:多死社会と葬送儀礼の変容──葬儀はどう変わっていくのか

2026/02/05

4 露呈するひずみ

このような葬儀の肥大化が進むなかで、義理での参列や接待の増加など、参列者にとっても喪家にとっても負担となった。こうして既存の告別式に対する疑義が生まれ、参列を辞退し小規模化が進んでいく。そしてバブル経済の崩壊により、終身雇用制も崩れ非正規雇用が増加する中で、職場関係者の参列がなくなり小規模化が進行していった。

さらに死亡者のほとんどが高齢者ということからも参列者は減少していった。例えば80歳以上で亡くなると、故人の兄弟や友人等も高齢で参列は困難であることが多い。また少子化によって、甥や姪、孫などの下位世代の親族も大幅に減少している。故人の子どもなど遺族もリタイアしている場合も多く、職場関係者の参列もない。こうした状況も、葬儀の小規模化の要因となっている。

こうした参列者の減少により、世間体など周囲の評価を考慮する必要がなくなっていく。こうして故人や喪主の選択により簡略化を進めやすくなった。また介護や医療の長期化により経済的に疲弊し、葬儀費用を負担に感じるケースも増えている。

以上のように、戦後の家制度の廃止と核家族化により社会構造自体は変化していったが、葬儀と墓に関しては、依然として家的葬儀を選択し、また家墓を建てるという選択肢しかなかった。だが高度経済成長による収入の増加で、そのひずみを補完することが可能であった。しかし、1990年代になり、少子高齢化とグローバル経済化の進展によって、そのひずみが露呈し、もはや経済的にも疲弊しており、葬儀の急激な変容に至ったのである。

5 個人化の進行と課題

現在、家族観も変容し、未婚の人や結婚しても子どものいない人、もしくは離婚や再婚などによって子どもがいたとしても関係が薄れている人なども多々見られるようになっている。また性自認の多様化により、多様なパートナーシップも生まれている。

こうした状況でこそ、従来の血縁以外の人間関係が重要であるが、葬儀の執行は家族だけに限定されるようになり、喪主となる子どもがいない場合には、その実施は極めて困難になっている。例えば、甥や姪がいたとしても、遺体や遺骨を引き取らない場合も増加するなど、葬儀だけはいまだ血縁だけにこだわるようになっている。

こうした状況の中で、社会問題となっているのが引き取り手のない死者の増加である。2025年には、厚生労働省の委託事業において引き取り手のない死者が年間推計約4万人以上いることが報告された。身元は判明しているものの、葬儀を実施する近親者がいないため、市区町村が火葬し遺骨を保管している。こうした死者が都市部を中心に1990年代以降増加しており、新たな対応を迫られている。しかし現行の法制度では、死者への対応はあくまでも近親者が行うべきものとして、行政の対応は引き取られるまでの仮の対応である。つまり例外的な対応とされてきたため、急速に増加するこうした死者に対し混乱が生じ、社会問題化しているのである。

6 新たな対応と別れの形

こうしたなかで、少しずつ新たな対応が生まれつつある。例えば横須賀市では、エンディングプラン・サポート事業を2015年に開始した。この事業は、一人暮らしで身寄りがない困窮高齢者を対象とし、終末期や死後のことについて、その意思を表示し実現するための制度である。リビングウィルや死亡時の届出人の確保、葬儀や納骨のあり方などを、市役所の職員と葬祭業者、法曹関係者なども含めて相談し、生前契約と支援プランを作成する。そしてこの事業の特徴的な点は、市と葬祭業者でその情報を共有し、市役所が対応できない夜間や休日に危篤となった場合、医療機関が延命治療の希望などを葬祭業者に問い合わせて情報が把握できることである。これは葬祭業者は24時間対応をしているからである。こうして近親者がいなくとも当事者の意思を反映できるようになり、少なくとも機械的に無縁の死者となることは避けられるようになった。そしてこの制度は次第に自治体にひろまりつつあり、また厚生労働省も身元保証や葬儀などの死後事務の委任についての制度的検討を行っている。

一方で、葬儀も血縁者以外の人にも新たに関与するようになってきた。葬儀が小規模化していても、社会関係の広い人の場合には、葬儀は家族葬であっても、その後お別れ会と称して、弔辞や献花、飲食などによって故人を追悼する儀礼が行われるようになってきた。とくに団体葬の場合、従来は密葬と本葬という形態で、あくまでも葬儀の形をとっていたが、近年は葬儀は家族葬として、その後団体主催でお別れ会という形態で行われることが多い。

ただし、お別れ会の場合、その主催は遺族だけでなく、故人が所属する組織や友人など様々な人や組織が実施することが可能である点は現代的である。

また葬儀の場も変化することで新たな見送りの場が展開している。それは高齢者施設や医療施設である。こうした施設のなかには、看取りを行った後、施設の職員や入居者も交えて、退所の際にお別れ会を開いたり、また葬儀自体を行う場合も見られるようになってきた。お別れ会では特定の宗教的な儀礼はなく、故人の思い出を語る場であったり、お花紙でつくった手作りの造花を棺に入れたりするなど、その形態は特に定められていない。

高齢者施設によっては、共同の納骨堂や墓を持っているところもあり、施設での葬儀の後に、希望する人はそこに納骨され、また施設でその後の供養などが行われることもある。

7 社会としての対応を

ややもすると、安易に過去の家制度や葬儀の形態への回帰を求める意見も見られるが、社会構造がこれだけ変化しているなかでは、もう昔に戻ることはできない。また一方で、現在、近親者のいない人への対応として、高齢期の身元保証契約や死後事務委任契約の仕組みを構築し契約を促そうとしているが、当事者の自己責任だけに帰結できる問題でもない。

そもそも人間が死を認識することができたのは、他者の死を通してそれが普遍的現象であると認識したことである。ただ死を認識したことにより、新たに悲しみや苦しみを負うこととなったため、その死を受け止めるために葬送儀礼を生み出していったのである。つまり死の認識と対応は社会的な営みとして行われてきたのであり、これからも社会全体として考えていく必要がある。

結局、現在の社会状況を冷静に見据えた上で、人々が安心して死を迎え、尊厳を持って葬送され、追悼する新たな仕組みを、社会全体で改めて考えていく必要がある。

(参考文献)

*厚生労働省令和6年度社会福祉推進事業『行旅病人及行旅死亡人取扱法、墓地、埋葬等に関する法律及び生活保護法に基づく火葬等関連事務を行った場合等の遺骨・遺体の取扱いに関する調査研究事業 報告書』日本総合研究所

*小谷みどり 2017 『〈ひとり死〉時代のお葬式とお墓』岩波書店

*山田慎也 2007 『現代日本の死と葬儀─葬祭業の展開と死生観の変容』東京大学出版会

*山田慎也・土居浩編 2022 『無縁社会の葬儀と墓─死者との過去・現在・未来』吉川弘文館

※所属・職名等は本誌発刊当時のものです。

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