【特集:「多死社会」を考える】
桑田 美代子:豊かな最晩年をつくる──超高齢者の最晩年の生を支える看護・介護
2026/02/05
Ⅴ 日々繰り返されるケアこそが、超高齢者の尊厳を保つ
私が考える「穏やか」とは、特別な安らぎではなく、日々のケアが滞りなく積み重ねられている状態である。何が穏やかか、明確な答えは出せない。それでも、身だしなみを整えること、羞恥心に配慮した排泄ケア、一口でも味わう食事、拘縮のない人間らしい姿──そうした日々のケアの積み重ねが、人としての尊厳を支えていると30年の実践を通して確信している。特別なことではない。むしろ「当たり前」のケアである。しかし、その当たり前が滞ったとき、穏やかな日々は失われてしまう。私は、超高齢者の穏やかな最晩年は、日々のケアによってつくられるものであり、そのケアこそが最も価値あるケアであると確信している。
Ⅵ 最晩年の生を支える看護・介護を確立し社会へ発信する
「日々のケアの価値」を発信
日本看護協会認定の専門看護師制度が創設される中で、私は2003年に「老人看護専門看護師」の認定を受けた。認定を受けた理由は、当院で積み重ねてきた超高齢者へのケアを、現場の中だけにとどめず、社会に伝えていきたいと考えたからである。それはある意味、高度医療にばかり目が向きがちである現状の中で、「日々繰り返されるケアこそが、超高齢者の尊厳を保つ」ということを医療従事者に理解してほしいという願いもあった。老化の延長線上にある死と向き合うことは、決して特別なことではない。介護を受ける側になった時、日々のケアの重要性を実感するであろう。
エンドオブライフ・ケアに関する研修プログラムを発信
2011年から3年間、(公財)笹川記念保健協力財団の助成を受け、「End-of-Life Nursing Education Consortium-Japan Geriatrics カリキュラム指導者用ガイド(ELNEC-JG)」の開発に着手した。
ELNEC(End-of-Life Nursing Education Consortium)とは、エンドオブライフ・ケアや緩和ケアを提供する看護師に必要な能力の修得を目的として、2000年に米国で設立された教育プログラムであり、現在は世界100カ国以上に広がっている。ELNEC-Core、ELNEC-Pediatric Palliative Care(小児)、ELNEC-Critical Care(急性期)、ELNEC-Geriatric(老年期)などのカリキュラムがあり、世界101カ国の国々に広まっている*6。
我が国では日本緩和医療学会が、ELNEC-Coreの日本語版である、ELNEC‐Japanコアカリキュラム指導者養成プログラム(ELNEC-Jコア)を開発し、2009年よりELNEC-Jコアカリキュラム指導者養成プログラムを開催している。日本はELNEC-Jコアの開発にも協力していたが、他国が経験したことのない世界一長寿国である。日本の高齢者におけるエンドオブライフ・ケアの質の保障に寄与したい、また、看護・介護職が日々丁寧に行うケアこそが高齢者の尊厳の保持につながる価値あるケアであることを伝えたい、と考え、日本の文化に即した高齢者のエンドオブライフ・ケアを実践現場の看護師たちと共に創ることを目指して本プログラムを作成した。
2014年からは日本老年看護学会の主催により、「ELNEC-JGカリキュラム看護師教育プログラム」が開催されるようになった。私はこの過程に関わりながら、実践に根ざした教育の重要性を改めて実感してきた。また、これらの教育プログラムの効果については、研究者との協働により検証が行われ、その成果は学術誌に公表されている*7。
さらに、2018年からは、各地域でこのプログラムを継続的に実施できる体制づくりとして、指導者養成の取り組みも進められている。詳細は、日本老年看護学会ホームページ、ELNEC-JGカリキュラムポータルサイトをご参照頂きたい*8。
Ⅶ 問い続けることから始まる超高齢者ケア
超高齢者ケアは、ともすれば「ただのお世話」と捉えられてはいないだろうか。自立して生活できている間は、人の手を借りて生きることの苦痛は意識されにくい。しかし、超高齢者になるということは、やがて人の手を借りて生きる時間が訪れるということでもある。
その過程で、ケアを担う側は日々の実践の中で迷いや問いを抱く。「これでよいのだろうか」という感覚は、専門職としての感受性が働いている証であり、否定されるものではない。こうした「もやもや」は、言葉として表出されにくい超高齢者の声に気づこうとする中で生じる、日常の実践に根ざした倫理的な問いである。意思を言葉で示すことが難しくなるにつれ、私たちはその人を「意思ある存在」として関わり続けることができているだろうか。効率や生産性が重視される現代社会において、この問いは決して現場だけの問題ではない。超高齢者の最晩年の生をどのように支えるのかという問いは、やがて私たち自身に返ってくるものであり、社会全体が自分事として考え続けていくべき価値ある実践である。
Ⅷ おわりに
私は昨年1月、母を当院で看取った。2013年にレビー小体認知症と診断されて以降、10年以上在宅で介護を行い、認知症をもつ人が抱える苦悩を、母を通して目の当たりにしてきた。また、家族の立場を経験したことで、ケアの見え方も大きく変わった。だからこそ私は、これからも現場で起きていることを大切にしながら、その意味を社会に伝え続けていきたい。それは、私自身が豊かな最晩年を生き、自分の人生を「これでよかった」と思いながら最期を迎えたいと願っているからである。
(謝辞)本稿の執筆にあたり、慶應義塾大学看護医療学部 深堀浩樹教授には、ご助言をいただき感謝申し上げたい。また、日々の実践をともに積み重ねてきた医療法人社団慶成会の職員、ならびにELNEC-JG プロジェクトメンバーに、心より感謝申し上げたい。
(引用文献)
*1 桑田美代子:「高齢者が長期に療養する施設・病院におけるケア管理実践の基本的な考え方と方法」『死を見据えたケア管理技術』湯浅美千代他編、20-21頁、中央法規、2016年
*2 「ELNEC-JG プロジェクトチーム:モジュール1エンド・オブ・ライフ・ケアにおける看護」ELNEC-J 高齢者カリキュラム指導者用ガイド、2024年
*3 日本老年医学会:「高齢者の人生最終段階における医療・ケアに関する立場表明2025」 (https://jpn-geriat-soc.or.jp/proposal/tachiba.html)(参照2025年12月31日)
*4 前掲*2参照
*5 福田卓民:『超高齢者の緩和ケア』桑田美代子他編、44-46頁、南山堂、2022年
*6 日本緩和医療学会:「ELNEC-J コア看護師教育プログラム、ELNEC-J について」(https://www.jspm.ne.jp/seminar/elnecj/about.html)(参照2025年12月31日)
*7 Okumura‐Hiroshige, A., Fukahori, H., Yoshioka, S., Nishiyama, M., Takamichi, K., & Kuwata, M. (2020). Effect of an end‐of‐life gerontological nursing education programme on the attitudes and knowledge of clinical nurses: A non‐randomised controlled trial. International Journal of Older People Nursing, 15(3), e12309.
*8 日本老年看護学会:学会活動「ELNEC-J 高齢者カリキュラム」(https://www.rounenkango.com/elnec-jg/elnec-jg_index.html)(参照2025年12月31日)
※所属・職名等は本誌発刊当時のものです。
2026年2月号
【特集:「多死社会」を考える】
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