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【特集:日本の住環境、再考】
小川剛生:二条家の泉──室町時代の住居と文化

2021/12/06

水閣の眺望

水閣や楼では、当然、眺望を楽しむことができた。しかも、その室内は、伝統的な泉殿とは違って、「唐物(からもの)」、つまり宋・元からの舶来品による調度品で飾られていて、遊芸の空間としての雰囲気を醸し出していた。本来、公家・武家の住宅には、このような重層の建築は存在しなかった(たとえば、鎌倉の「二階堂」とは、かつて存在した永福寺(ようふくじ)を指すが、珍しい二階建ての仏堂を有したからこう称されたのである)。池に臨む水閣の二階に昇って山水を眺め、涼を得たのである。

連歌会の場は、眺望を伴うことが理想とされた。もとより連歌は屋外でも可能で、舟中や花下(はなのもと)、戦陣での興行さえあるが、文芸としての形式を整えつつあったこの時代、詩境の深まりにふさわしい環境が模索された。良基はその最初の連歌論書で、

一座を張行せむと思はば、まづ時分を選び、眺望・・を尋ぬべし。雪月の前、草木の砌(みぎり)、時にしたがひて変はる姿を見れば、心も動き、詞もあらはるるなり。眺望、また花亭を尋ぬべし。山にも向かひ、水にも臨みて風情を凝らす、尤もその便りあり。(『僻連抄(へきれんしょう)』)

と述べている。「花亭(かてい)」は文字通り瀟洒優美な邸を言う。

翻って考えれば、作文・和歌・音楽など伝統的な催しは、寝殿の庇で行われていたのであった。たとえば内裏清涼殿にあっては東庇である。他の殿舎に囲まれた小庭に面し、眺望が利かない。清涼殿では雑芸の場として同じく殿上の間も好まれるが、清涼殿の南端に位置し、いっそう閉鎖的な空間である。ここに「会所」との大きな差違を見てとれ、「会所」の特色として、平面的な構造、そして唐物による装飾に、眺望という要素を加えることができる。

良基は稀代の演出者でもあり、自邸ばかりではなく、他人の邸さえ、このようにしつらえることがあった。三代将軍足利義満が、武家として初めて朝廷に出入りするようになると、良基が進んで協力したことは著名である。康暦元年(1379)4月28日、22歳の義満を内裏に迎えた時は、良基は内裏の泉殿を「御会所」とし、夜を徹して酒宴が開かれた。

その様子を描いた良基の仮名記の断簡(『右大将義満参内饗讌仮名記』)が残っており、それによると泉殿の室内は、画軸・香炉・卓といった唐物で飾られていた。会所の押板に置かれるおなじみのアイテムであり、座敷飾の伝書として著名な『君台観左右帳記(くんだいかんそうちょうき)』に見るような定形が早く整えられていたことを知る。泉殿を、装飾によって会所に仕立てたこと、良基の立案にかかるものであった。折しも義満は室町殿(むろまちどの)を建造中であったが、早速会所を加えたようで、落成すると良基を招待し披露するのである(『迎陽記(こうようき)』康暦二年五月二十日条)。

壺中の天地

押小路烏丸殿は、長い年月をかけて整備された結果、主人良基の趣味が隅々まで行き亘った、洗練された空間を形成していた。

ただ、このように記せば、最高位の公家の道楽、権勢と富裕にまかせての園池趣味の産物と受けられるかも知れない。しかしながら、良基が生きた時代は、未曾有の乱世であった。北朝の関白であった良基は、観応の擾乱、その余波の動乱の渦中にあって、およそ1352年から1361年の10年間に数度にわたり、京都に乱入した南朝の軍勢により、この邸を接収されるという経験を嘗めている。いずれも短期間で取り戻しているが、殿舎や庭園がまったく無傷という訳ではなかったであろう。京都の治安は最悪で、強盗もしばしばこの邸を狙った。しかも、二条家は家領が乏しく家計は常に苦しかった。押小路烏丸殿の正殿たる寝殿の規模はむしろ狭小でみすぼらしく、それすら荒蕪の極みだと他の摂家からは悪口を言われている。

にもかかわらず、洛中指折りの名園に数えられ、公・武・禅の人々を魅了したのは、庭園の風趣に対して、住宅の物理的な欠陥を覆い隠すほどの創意工夫が溢れていたからであろう。それは文化の力とも言い得るが、混乱の世相をよそにした、人工的な、壺中の天地なのであった。

〈参考文献〉

太田静六「泉殿の研究」『寝殿造の研究』吉川弘文館、1987年。
小川剛生『二条良基』人物叢書、吉川弘文館、2020年。
斎藤英俊「会所の成立とその建築的特色」『茶道聚錦2 茶の湯の成立』講談社、1984年。
廣木一人「二条殿「蔵春閣」と良基の連歌」『連歌史試論』新典社、2004年。
村井康彦『武家文化と同朋衆 生活文化史論』ちくま学芸文庫、2020年
山本雅和「押小路殿・二条殿の庭園」『リーフレット京都』168、2002年。

※所属・職名等は本誌発刊当時のものです。

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