【特集:デジタル教育の未来】
跡部智 :デジタル教育の光と影──慶應義塾普通部での実践
2021/11/05
Googleの教育利用と新型感染症対応
システムごとにバラバラだったユーザIDを生徒1人ひとつに決めて共通化する「個人アカウント」の運用が2019年に始まった。G Suite for Education(現在のGoogle Workspace for Education Fundamentals) の利用が始まり、電子メール機能を制限したメールアドレス形式のIDを付与した。
基幹となるシステムはGoogle クラスルーム(GC)で、課題の配信や提出から連絡、テレビ会議まで一元的にできるシステムである。GCは教科で使い始め、ホームルーム、学校行事、部会活動と広がった。
昨年3月から6月初めまでの臨時休校期間は通常の授業ができなかったので、GCはフルに活躍した。GCやGoogle フォームで課題の提出ができるよう、全教員が使用するようにし、オンライン授業の基盤ができた。普通部も2カ月で2年分のデジタル変革が起こった感がある。
オンデマンド配信による授業やテレビ会議を用いた「オフィスアワー」の設定、オンライン授業に上手く乗れない生徒の把握とフォローを試みた。
失敗談もあった。教員が提出物のチェックや質問への回答を深夜に行ったところ、通知機能が即座に働いて、夜も気になって眠れないという申し出があった。質問や提出物の量が増えると、膨大な作業が生じるので、非対面型授業の時間のコントロールの難しさも経験した。
多様なシステムの利用
ロイロノート・スクールはGCと並行して複数の教科で利用されている。ロイロは1人ひとりの生徒の頭の中を簡単に可視化することができるシステムで、全生徒が同時にカードを作り提出すると、瞬時に全員でカードの共有ができる。誰がどう理解したか一目瞭然になる。
カードには画像も動画も貼り付けられるので、自分で撮影したスピーチの映像を録画して提出すれば、プレゼンテーションの課題を全員が同時に行うことも可能だ。一斉授業の枠を超える活動が授業中に可能になった。最近は、ロイロに限らず、様々なシステムを利用する授業が増えたせいなのか、トラフィック量が増えてネットワークが低速化して授業中に接続がうまくいかないというジレンマも生じている。
英語の授業では、Quizletというフラッシュカードで暗唱を行っている。音声合成の進化は目覚ましく、ぎこちなさはほとんどない。ライティングの指導では、Cambridge Write & ImproveのフィードバックをしてくれるAIシステムが新しい。非母語話者の書いた文をコーパス(データベース)にし、ビッグデータから間違いやすいエラーを指摘して、何度でも書き直して提出できるシステムだ。
多様なシステムの利用で、限られた授業時間を補い、自宅学習へつなげる仕組みが増えていった。従来教室で行っていた説明や座学的要素を自宅学習に振り向け、授業では演習や共同学習の時間を多く取り入れる反転学習(Flipped Learning)のスタイルも可能になった。
1人1台の時代
1人1台のiPad導入にあたり、年度始めに以下のルールを定めた。
1、登下校時はカバンから出さないこと。
2、教員の指示、許可がないときには使用しないこと。
*授業で使わないときは、ロッカーまたは普通部バッグの中に入れておく。
*授業中に勝手に使用したり、無関係のことをしたりしない。
*授業以外での使用は、教科担当教員の立ち合いのもとでのみ許可する。
不安材料も議論された。ゲーム依存、深夜の使用、不適切なサイトの閲覧などだ。それらはMDM(Mobile Device Manager)という遠隔管理システムで解決できる(はずだった)。必要なアプリを遠隔で一斉に配信したり、ダウンロード可能なアプリを制限したり生徒が閲覧できるサイトの制御も可能だ。カメラ機能の制御もでき、想定される不安材料のほとんどは対応可能という。今までは授業前に充電や設定を1台ずつ確認して準備をしていたので、その作業から解放されるのは、教員にはデメリットをはるかに上回るメリットがあった。
実際、全生徒が手元にタブレット端末を持ち、授業ですぐに使える状況は、多くの生徒に歓迎されている。9月13日の2学期最初の授業でGoogle フォームを使った質問紙調査(3年生211名回答)を行ったところ、170名(80%)が「情報活用能力が身につく」、106名(50%)が「1人ひとりの理解状況や能力に合わせた個別最適化された学びができる」と評価している。
自由記述欄でiPad等を利用した学習で良かった点を挙げてもらうと、課題の提出期限を通知してくれたり、オンラインで課題が提出できたりする点を30名以上が挙げた。また、「わからないことがその場ですぐに調べられる」が20名以上あった。その他では、「画面共有で板書が手元でも見られる」「授業後に板書が見直せる」「実験の時に写真を撮って記録ができる」「紙媒体の資料が減ってカバンが軽くなった」等を挙げる生徒がいた。
一方で、93名(44%)が「様々な機能があるマルチタスク機器は、気が散って学習の集中度が落ちる」、85名(40%)が「デジタル機器の利用は疲労度が高い」、80名(38%)が「デジタル機器の使用は生活の乱れにつながる」、68名(32%)が「長時間のインターネット利用が脳の発達に悪い影響を及ぼす」と答えた。自由記述欄で20名以上が指摘したのは、「ゲーム、ネットサーフィンなど他のことができて気が散る」「YouTube など授業中に関係ないものを見てしまう」があり、「そういう生徒がいると学校の雰囲気が悪くなる」と言及する者もいた。
10名以上が、「集中できない、誘惑に負ける」と答え、「目が疲れる、視力が落ちる」も同程度あった。
その他には「余計なサイトを見て長時間使ってしまい時間を無駄にした」「せっかく使いやすいものが手元にあるのに休み時間に使えず、もっと使わせてほしい」「板書を取らなくなるのでいつもの板書がとても面倒に感じてしまう」「インターネット回線の状況で課題が提出できないときがある」「学校内でこっそり使っている人をよく見る」と授業中の目的外使用や休み時間の使用ルールを守れないことを指摘する声が目についた。
長時間利用とインターネット依存
今回実施した質問紙調査は簡単なものだったが、生徒の生の声を聴く機会が得られ有意義だった。情報端末やインターネットを利用する中で、長所短所を理解して、上手に付き合っていく能力が身につけば、それに勝る収穫はない。
コロナ禍で自宅にいる時間が増えたこともあり、今最も注目すべき問題はインターネットの長時間利用にまつわるものだろう。
眼科専門医は、かつてない「超近視時代」がやってきたと指摘する。近視の原因のひとつは30センチ以内の近い距離のものを見る「近業」の時間が増えたことだ。それによって角膜から網膜までの「目の長さ」=「眼軸」がのびて「眼軸近視」になる人が増えている。実は筆者も昨年10月に網膜剥離で入院手術を経験し、今もゆがみなどの後遺症で不自由な思いをしているので、経験者として、長時間利用と目の問題は注意喚起しなければならない問題だと考えている。
そして、もうひとつがネット依存にまつわる課題だといえよう。インターネットの使用を優先した生活になってしまい、自分ではコントロールできない状態になることで、睡眠障害やうつ状態になったり、注意した家族に暴言や暴力を振るって家族関係が悪化したり、学生の場合は、遅刻、成績不振、不登校などから学業が継続できなくなったりする問題である。長年、依存症の研究治療に取り組んできた久里浜医療センター(旧国立久里浜病院)のサイトには、ネット依存のスクリーニングテストがあるので、生徒に紹介して回答してもらった。点数を無記名でアンケートにいれてもらったところ、100点満点で平均値は47・8だった。3割の生徒が39点以下の平均的な利用者で「問題なし」であったが、6割が40点以上で「やや問題あり」7%の生徒が70点以上で「重大な問題あり」という結果であった。このテストは20項目からなり、1998年にアメリカで開発された、やや古い内容なので現在の事情に即していない部分もあるが、意識喚起になればと紹介している。
成績が急落した生徒の保護者と面接すると、今までは夜10時までの約束だったルールが、オンラインの課題があるからと言われ、タガが外れてしまって困っているという話もあった。学校としては、夜やらなければならない課題は出していないはずだが、子供の口実になっているきらいはある。
インターネットも情報端末も社会インフラとなって一般化した時代に、いくら学校で規制したとしても限界があるのは明らかである。いつでもどこでも手の届くところに端末がある状態で、自分でコントロールできない事態になる可能性は大人も子供も変わらない。そんなときに、家族や学校がサポートできる体制、カウンセリングや様々な選択肢を用意し、指導していく準備が必要になってきており、そうした知見を深めることが今後の課題のひとつとしてあげられるだろう。
※所属・職名等は本誌発刊当時のものです。
2021年11月号
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