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【特集:デジタル教育の未来】
跡部智 :デジタル教育の光と影──慶應義塾普通部での実践

2021/11/05

情報教育の3つの階段

この30年の情報教育を大雑把に振り返ってみると、3つの階段を駆け上がり、層(レイヤー)ができたように思う。キーワードは、プログラミング教育、情報リテラシー、情報モラルである。

情報の授業の中心はプログラミング教育である。興味のある生徒が選択授業を履修し、コンピュータで何ができるかを学び、実践することは楽しいものである。

全員が履修する情報教育は、90年代後半に本格化し、普通部でも「コンピュータ科」ができ、情報リテラシーを学ぶ必修の授業が始まった。もともと情報リテラシーという用語は、図書館・情報学では、情報ツールを使って必要な情報を探索し精査して、問題を解決する力を指すが、日本ではコンピュータ・リテラシーやITリテラシーの文脈で使われることが多い。

Windows95 の登場により、授業ではキーボードの使い方の基本から始め、ワープロや表計算を使ったり、選択授業ではHTMLを学んでウェブページを作りコンテストに応募したりした。全角半角の違いも教えないと、英文をすべて全角で書いてしまう生徒もいた。デジタル・ディバイドという言葉が生まれ、情報処理能力によって社会的、経済的格差が生じることが危惧された。

2000年代に入ると、情報モラルの問題がクローズアップされた。掲示板への誹謗・中傷、なりすまし、有害サイト、学校裏サイトへの書き込み、ネットいじめの問題や、個人情報の取り扱い、チェーンメール、著作権、詐欺や架空請求などの犯罪が、SNSの普及とともに社会問題となった。カバーすべき領域が無限に広がっていった。犯罪被害から守るためだけでなく、加害者にならないためにも、何が犯罪になるのか、どんな被害があるのか、教える側も事例も含めて最新の知識を学習していくことが重要になった。

LL教室から電子黒板まで

学校施設のデジタル化は、2000年初頭に加速した。英語ではカセットテープがCDやMDになり、LL教室を廃止してノートPCに有線LAN接続可能な多目的教室を作ったのが2002年だ。

しかし、速度調節や頭出しが簡単にできるカセットに比べ、CDは使い勝手が悪く、デジタルの恩恵はMP3プレーヤーの登場ではじめて実感できた。

電子黒板(Interactive Whiteboard)は2008年にスマートボードを導入したのが始まりだ。専用のソフトを使って、画面上に文字だけでなく音声や動画の教材も埋め込むことができ、スライド上にタッチペンで直接書き込めるので、新規性もあって生徒の集中度も上がり、授業があっという間に終わったとの感想もあった。

その後、2015年の本校舎建て替えを機に、すべての教室に電子黒板の機能が付いたプロジェクターが設置された。黒板を消す作業が不要で、板書がすべて保存でき、授業の最初に前回の振り返りが短時間ででき、一斉授業に適した装置である。ただ、電子黒板は、日本型のホームルーム教室では、毎時間教員が教室を渡り歩くので、授業のたびに画面の調整をして開始まで時間がかかり、常設していないノートPCをその都度設置して有線接続して使うのと同様に手間がかかる作業のため、無線接続が普及するまで日常的な利用には向かなかった。

LMSの利用

2010年前後は、学習支援システム(Learning ManagementSystem)が脚光を浴びた。普通部の授業でも大学外国語教育研究センターの設置したムードル(Moodle)を使い、教材の提示や課題の提出をオンラインで行っている。

ムードルは、オープンソースのプラットフォームで、200カ国以上の国で使われていて、対応言語数、サイト数も他のシステムを圧倒する。利用者は世界で100万人を超え、日本でも活用法の研究をすすめる学会が設立されている。社会構成主義の考えのもと、学習コミュニティの形成に役立つ活動やリソースが提供されている。

筆者の授業ではライティングの指導でフォーラム機能を使い、他の生徒のライティングを読んだり、書き直したものを提出したりするのに役立っている。センターのムードル・コースは4年間保存することになっていて、普通部卒業後も学習の記録や変化(差分)を視覚化して振り返ることができる点は秀でていると考えている。

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