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【特集:主権者と民意】
河野武司:若年世代の投票率を上げるには?

2021/10/05

3.コストの削減

投票参加のコストとして主要なものは時間にかかわるコストである。選挙に関する情報を収集し分析する時間、投票という行為自体に割く時間などである。前者の情報のコストは、近年インターネットの発展により、新聞やテレビといった伝統的なメディアの時代と比較して、自らが探すことなく場合によってはネットの方から通知され、隙間時間に読んだり観たりできるようになったことや、他者の投票の動向を参考にできることなどから大幅に削減されたであろう。

またこれまでも実施されてきたが、投票時間の拡大、期日前投票、郵便投票の拡充、さらには投票場に有権者を来させるのではなく、駅やショッピングモール、大学キャンパスなどの人の集まるところへの投票場の設置の拡充は、投票という行為自体に割く時間のコストの削減に繋がるものであろう。このコストを削減するための究極的手段は、エストニアが既に実施しているが、選挙期間中での期日前投票として可能としているインターネットを使った在宅投票であろう。しかし、ブロックチェーンなどの最新の技術を用いてセキュリティの確保はできても、本人確認や、多くの有権者が存在する日本ではアクセスの集中によるシステム障害の発生する可能性が高いことなど、わが国への導入には超えなければならない高いハードルがある。

4.投票参加におけるフリーライダーの抑制

さて、私的利益としてのDの向上に注力することはフリーライダー問題の解決に繋がるのであろうか。この問題を考察するには、オルソン(Mancur Olson Jr.)が1965年に著した『集合行為論(The Logic of Collective Action: PublicGoods and the Theory of Groups)』で提示した副産物理論が参考になる。排他性を持たない共通の利益を有するが故にフリーライダーの発生が不可避な大規模集団が組織として維持、存続できるのは何故かという問題に対する解答として展開されたのが副産物理論である。このような副産物理論においてフリーライダー問題の解決に関してオルソンが提示したのは選択的誘因の提供である*4。正の選択的誘因と負の選択的誘因、すなわちアメとムチの提供である。

ライカーらが規定するDも一種の選択的誘因であるが、負の選択的誘因でないことは確かである。投票参加における負の選択的誘因とは罰金の支払いや公的な証明書類の発行停止、さらには公職に就くことへの制限などの物質的かつ実質的な不利益を伴う義務投票制である。ではライカーらが説明しているDの内容は正の選択的誘因であるにしても、Dは個人の心理的な問題であり、投票に行けば減税されるといったすべての投票者が確実に手に入れることができる外部から提供される物質的な便益とは異なる。政治的社会化の過程でこれは涵養されるが、Dに対して高い価値を置くか否かは完全に個人的問題であり、Dを強調することをもってして、すべての新有権者を投票に誘うことは不可能であろう。

しかし、高い義務感を持つ人ほど自発的に投票に参加する可能性が高くなることは確かである。罰則を伴う義務投票制の導入は究極の制度的な投票率の向上策であろうが、これには憲法の改正が必要となる。そのハードルは高い。だが、罰則を伴わない義務投票制の導入は、罰則付きと同じように憲法改正が必要となるであろうが、そのハードルは比較的に低いと思われる。憲法27条第一項は、「すべての国民は、勤労の権利を有し、義務を負う。」と規定している。罰則を伴わない勤労の義務と同じように、第15条一項を「公務員を選定し、及びこれを罷免することは、国民固有の権利であり、義務を負う。」と改正することは不可能であろうか。権利としてだけではなく罰則を伴わない義務として投票を規定できれば、主権者教育の場で「投票は義務である」と繰り返し強調できることになり、投票を義務と認識する若者が増え、結果として投票率の向上に繋がるであろう。明るい選挙推進協会が全国の有権者3、150人を対象に第48回衆院選後の2018年1月に実施した郵送法による世論調査(回収率:70・1%)によると、18~20歳代で投票を「国民の義務」と答えた調査対象の81・1%が投票に行ったと答えているのに対して、「個人の自由」とした者では30・8%しか投票に行っていない*5。投票を義務、ないしは公務として認識することが持続的な高い投票参加に繋がるとするならば、主権者教育もそのような内容を伴うものである必要がある。

合理的選択という観点から、より直接的に投票を促す正の選択的誘因とは、何らかの物質的な私的利益を投票した人のみに提供することである。これは現状でも既に「センキョ割」といった名称などで一部の自治体で行われるようになっている*6。投票場で公的に発行される「投票済証」などを、選挙後協賛する店舗や企業等に提示することで、その協賛店が独自に提供する割引や優待のサービスを受けられるというものである。

5.おわりに

第49回衆院選の実施にあたって、大学生も含んだNPO法人の代表などがあるプロジェクトを立ち上げた。「目指せ! 投票率75%―あなたの推しは、だれ?」というプロジェクトである*7。政党や候補者という政策の供給側にBの明確化は期待できない。賛否の拮抗した争点であればいざしらず、政権を目指す政党や当選を目指す候補者の政策は似通ってくる。ダウンズが言うところの「絶対多数原理」である*8。争点は何かということに対する有権者の認知については、議題設定機能としてこれまで新聞やテレビの既存メディアがその役割を果たしてきた。しかしネット世代である若者にはその情報は届きにくいといった側面のあることは否めない。そこでこのプロジェクトでは、ネットを活用して争点の明確化を行い、選択に資する材料を、若者を中心としたネット世代に届けようと試みている。まずネットを使ったアンケート調査を通してその参加者に争点を尋ねる。その結果を10の争点に集約した後、それを次には候補者を対象にその立場を質問するアンケート調査を行う。その結果を公表し、若者をはじめとする有権者の投票に役立てるとともに、政治に対する関心を高めようというものである。このような取り組みにより、有権者自身が強く関心を持つ政策を掲げる候補者が当選し、そのような政策が実施され続けたら、自らの1票で「政治は変えることができる」という思いを強くした有権者の育成に寄与し、結果として投票をはじめとする政治参加の拡大に繋がることは大いに期待できるだろう。

〈注〉

*1 総務省がまとめている国政選挙における年代別投票率を参照。https://www.soumu.go.jp/senkyo/senkyo_s/news/sonota/nendaibetu/ (2021年9月3日閲覧)

*2 Anthony Downs, An Economic Theory of Democracy, NewYork: Harper & Row,1957, chap.14.(アンソニー・ダウンズ『民主主義の経済理論』古田精司監訳、成文堂、1980年、14章)

*3 William H. Riker and Peter C. Ordeshook, “A Theory of the Calculus of Voting,” American Political Science Review, Vol.62,No.1, pp.25-42(March 1968), pp.25-28.

*4 Mancur Olson Jr., The Logic of Collective Action: Public Goods and the Theory of Groups, revised ed., Cambridge, Mass.:Harvard University Press, 1971(マンサー・オルソン『集合行為論─公共財と集団理論─』依田博・森脇俊雅訳、ミネルヴァ書房、1983年)

*5 明るい選挙推進協会『第四八回衆議院議員総選挙全国意識調査:調査結果の概要』2018年7月、38頁。http://www.akaruisenkyo.or.jp/wp/wp-content/uploads/2018/07/48syuishikicyosa-1.pdf(2021年9月3日閲覧)

*6 「選挙割」については、以下のURLを参照されたい。https://senkyowari.com/(2021年9月3日閲覧)

*7 このプロジェクトの詳細については、以下のURLを参照されたい。https://mezase75.jp/(2021年9月3日閲覧)

*8 Anthony Downs, op. cit., pp.54-55(邦訳、55~56頁)

※所属・職名等は本誌発刊当時のものです。

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