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【特集:人口減少社会のモビリティ】
地域公共交通の危機をどのように乗り越えるか/小嶋 光信

2020/07/06

5.(一財)地域公共交通総合研究所の設置

これらの経営再生と法制化の努力を通じてノウハウが身についたことで、規制緩和後の公共交通の問題点を多々抱える行政や事業者、市民団体から、相談や講演の依頼を受けることが多くなり、総研をこれらの問題に造詣の深い研究者や実務者とともに設立しました。

我々の総研は「口だけコンサル」を避け、実行プランを創って実地でアシストし、再生実現ができるまで支援することを目的にしています。

総研の今までの活動は次の通りです。

1.地方鉄道
①四日市市:内部線、八王子線→四日市あすなろう鉄道として再生/②養老鉄道:公設民営化の実現/③神戸電鉄沿線の民間団体:診断と講演/④平成筑豊鉄道の経営改善/⑤近江鉄道の再生と地域支援

2.海上アクセス
①備前市日生諸島の海上アクセス存続への公設民営化のスキームつくり/②江田島市海上アクセスの公設民営化への協力

3.バス部門
①井笠鉄道破綻後の公設民託の指導と井笠バスカンパニーによる事業再生の実施/②備前バス廃止に伴う公設民営化の指導

6. 地域公共交通の正常化への課題

このように倒れた公共交通の再生に尽力している足元で、地元の岡山市でいわゆる「美味しい路線だけ」を狙った申請が競合会社から提出されました。

地方における運送法での「利用者の利益」は、すでに運賃や運行回数からいかに地域の路線網を維持するかに変わっていますが、2018年2月に赤字路線を支える黒字路線を狙い撃ちにした競合会社の低運賃での運行申請と国や自治体の認可の動きに問題提起するために「31路線の廃止届」を提出しました。事の次第を重く見た国土交通省の石井啓一大臣と安倍首相は「現行制度では地方の競争と路線維持の両立は難しいと理解した」ということで、岡山のみならず全国の課題として実態を把握し、再生法を活用した地域における公共交通維持への取組みを支援することになり、更にこの問題提起を経て再生法が改正されます(以下改正法)。地域の意向を無視した競合路線への進出は白日の下で議論されるようになり、独禁法の改正で地域の公共交通が連携して運賃や多客時に取り合うダイヤ等の問題点も解決できるようになります。

しかし、これで地域公共交通の問題が解決されるかというとそうではなく、地域公共交通のサステナブルな維持・発展へ向けた法整備・財源確保・利用促進の3つの課題の解決が必要です。

①法整備
道路運送法について「利用者の利益」は「健全な事業者があってこそ」という需要と供給をしっかり見据えた法改正をし、基本法と改正法との整合性を図る必要がある。

②財源確保
先進諸国並みに交通目的税の制度化が必要。世界の先進国は環境税等でCO2を減少させ、国民の健康のために公共交通主体の国家運営をしている。

③利用促進
どんなに制度を創り、財源を確保しても、乗ってくれない公共交通を維持し続けることは難しい。公共交通利用を「乗って残そう公共交通 国民運動」として地域と国を挙げて取組む必要がある。

結論

新型コロナウイルスの感染拡大によって2020年4月には地方の鉄軌道、路線バス、フェリー等は史上はじめて65%も収入が減り、5月には乗客が激減した埼玉県の路線バス事業者が倒産しました。公共交通は自粛の中でも生活路線を維持しなければなりませんから雇用調整助成金の対象にはならず、大幅な減便もできず、赤字の補填もできず、経営困難となっています。目先の地域公共交通を救済するだけでなく、今までの延命治療型の地域公共交通の維持方法から3つの課題の解決を進めて基本法や改正法に沿った夢のある公共交通へと転換することが大事です。

「国土のグランドデザイン2050」で明らかなように、この時代を消極的に捉えればダラダラと少子高齢化で地域は負け戦を続ける国になってしまいますが、視点を変えれば少数精鋭の豊かな国、長寿を謳歌できる国に発展させることができるでしょう。

地域公共交通の維持、再生は公設民営等の新しい経営手法による経営努力、利用客増加等の種々の取組み等が必要ですが、それにもまして公共交通を積極的に活用して社会的に需要を創造することが重要になります。マイカーと共生する新しい公共交通利用社会を創っていかなければ、先進国とは言い難いと言えるでしょう。

すなわち、以下のことが重要です。

1.  公共交通は交通弱者の移動を保障し、環境社会の国際公約を守る最大のツールであるばかりでなく、社会的ツールとして高齢化社会に生き甲斐と、福祉の財政改善をもたらす国家的総合福祉政策の大きなツールとなる。

2. 延命的地域公共交通政策から、地域の夢をつくる政策への転換が急務である。

3. 地域公共交通の抜本的改革に公設(有)民営や公設民託が効果的と言える。

4. 交通目的税という新財源は、化石燃料税を環境税化することで賄わなければならない。

5. 地域の公共交通も環境に優しく、バリアフリーで高度にIT化した「エコ公共交通大国構想」を実現し、日本が世界に誇り得る公共交通システムとして自動車輸出を補完する輸出産業に育てることが世界の環境のソリューションとしても貢献できる。

現状のまま放置すれば、10年以内に30%程度の地域公共交通のネットワークが失われる懸念があります。

今が地方でも高齢者や子ども達が自由に移動し、安心して住めるようにするラストチャンスと言えます。未来に間違いのない、地域公共交通という社会的ツールのバトンタッチをしていきたいと願っています。

※所属・職名等は本誌発刊当時のものです。

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