三田評論ONLINE

【特集:AI 社会と公共空間】
座談会:AIネットワーク化の中で、自由で公平な社会をどうつくるか

2019/02/05

「人間中心」への議論の場を

山本 なるほど。本学には文理融合とグローバル化の推進を担うKGRIのような組織がありますが、そういった組織を起点として、世界的な指標づくりに大学としてお手伝いできるところもあるかもしれません。

泰岡 今、AIはたぶん、皆が予想しているより早く展開していると思うんです。われわれが取り組もうとしているKGRIでも、いろいろなことをやっている人が集まって次の研究、次の社会にどう役に立てるかを、もっといろいろな角度から議論し、発表し、または対話する場を大学の中につくることは重要です。大学は自由に活発に議論していい場ではありますので。

小林 プラットフォームというか、場の提供者として大学というのはフラットで自由にものが言えて、かつそれに学術的な裏付けができる場なので、社会人にももっと大学に帰ってきてもらって、いろいろな議論をしてもらうことは、すごく大事なのではないかと思います。

ただし、議論するだけでは世の中は変わりません。足元の問題を見直し、具体的に成果を出す必要があります。

例えば、日本には1718の自治体(市町村)があり、多くの重要なデータを保有していますが、1718種類の情報システムが動いていて、行政の手続きの紙も1718種類フォーマットが違っていて、データを活用しようにも、非常に困難な状況です。さらに、そのデータを扱うための個人情報保護法の下にある個人情報保護条例も1718種類以上ある。

このような状況を早く解決し、目の前の景色を変えることで「何か自分たちの世界が変わってきたな、これをもっと生かすためにはどうしたらいいだろう」と皆の意識が変わって行動が変わり始めることが、本当に日本が前に進むことにつながるのではないかと思っています。

山本 「次世代医療基盤法」は、医療情報をビッグデータ化して収集・連携し、医学研究に役立てることを目的に制定されましたが、収集・保存のシステムやファイル形式が各医療機関で違うと、高度な情報連携が難しくなる。小林さんが指摘された問題と似ていて、システムの標準化が急ぎ必要になる。しかし、このあたりはベンダー間の競争とぶつかってくるのですね。日本では、標準化する層と競争する層との関係がまだ十分に整理されていない。

私も「人間中心」、「人起点」の考えには大賛成ですが、トレードオフの関係がいくつか出てくることにはもっと注意が必要だと思います。今の標準化と競争との関係もそうです。中国の「デジタル・レーニズム」の下では、標準化が政府主導で強力に推進されるので、データがものすごい勢いで集まる。日本ではそうはいかない。

それ以外にも、これまでも申し上げたように、プライバシー、AIの予測精度(正確性)、透明性、効率性などはいずれもトレードオフの関係に立つはずです。「人間中心」を具体的な議論にまで落として、このトレードオフの関係を精緻に議論していくことが必要だと思います。

例えば、AIの予測精度を上げるには、プライバシーをある程度捨てる覚悟も必要。こういうリアルな価値衡量の議論が日本にはまだないように思うんです。

荒井 無料サービスやクーポンのためにユーザーがパーソナルデータを提供するような話もあると思います。ユーザー自身にまつわる情報の開示は本人の自由ですが、その結果データがどう使われるか、どのようなプライバシー侵害とのトレードオフがあるのかといったことまでは理解されていないかもしれませんね。

若目田 でも、必ずしも悪いことだけではないと思いますし、全てがトレードオフということではないかもしれません。スコアリングについても、従前の財務的な情報だけでは、資金を調達できなかった人が、ライフログなど非財務情報に基づき与信を得て新たなチャンスを獲得するとか、自分でも気づかないような可能性を発掘されるといった「プラスサム」を狙ったサービスもあり得ます。

そして、我が国が世界でいち早く経験する超高齢化社会は、人生100年時代という言葉に象徴されますが、「人起点」のパーソナルデータ活用が非常に重要となることは相違ないと思います。

Society 5.0にも謳われているとおり「人間中心」というのであれば、国や企業による検討もさることながら、もっともっと生活者の積極的な参加が望まれるところですね。

フェアな社会を実現するために

山本 法律である程度、基本法的なものをつくるのが、国民的な議論を一番喚起できますね。今はAI利活用原則などを公表している段階で、立法の動きはまだないですよね。

小林 それは順番で、まず利活用が進み、新しい社会のイメージが皆の前に見えてきた段階で、ルール整備の必要性が議論されるということではないでしょうか。まだまだその社会像が共有できていないのではないかと思っています。そういう点で、福澤先生が『西洋事情』でイラストによって当時の先端テクノロジーを「蒸気」「済人」「電気」「傳信」と表現し、未来の社会像を日本国民に共有したことは、有り難いお手本です。

私はテクノロジーを信じていて、フェアな社会を実現するための最高のツールだと考えています。テクノロジーのお蔭で、履歴が「見える化」され、努力が評価され、障がいや困難を抱えていても、どこに住んでいても、フェアに社会に参画できるようになります。

例えば、在外邦人といって海外に住んでいる日本人は120万人います。この方たちの選挙での投票率はなんとたった2%なのです。これはどうしてかというと、各国にある日本大使館や領事館まで行くのがとても大変だからです。ここにテクノロジーを活用し、早ければ、4年後の参院選からネット投票ができるように現在、法整備を進めています。

泰岡 大半の人は、たぶんどのようにテクノロジーを使えるのかがよく分からないと思うのです。

小林 そうかもしれません。これまでの政治行政が反省しなければいけないことは、「人起点」ではなかったということです。

「国民の皆さん、ルールつくりました。はい、どうぞ」と伝えたつもりになっていたわけですが、本来、「このルールは実はあなたの生活がこうなるためにつくったんですよ」と、背景とその先に目指す社会像を伝えていければ、AI時代におけるそれぞれの生き方のイメージを持ちやすくなるのではないかと思います。

山本 AIは、使い方によってはフェアでインクルーシブな社会の実現を本当に可能にするポテンシャルを持った技術だと思います。その可能性を、リスク面からも目を背けずに、どのように具体的に示し、出していけるかどうかが課題ということでしょうか。

従来の日本社会は、憲法で「個人の尊重」や「平等」を謳っておきながらも、現実には十分にこうした理念を実現できなかった。AIの利用によって、新たな元号の下、ようやくこうした理念が実現するかもしれない。これは素直に認めるべきです。ただ、その具体的かつ現実的な方向性を、文理融合したかたちで広く議論していかないと、日本社会は、それとは真逆の、排除的で予定調和的な監視社会へと転化しかねない。

今回の座談会が、今、私たちがその分岐点にいることを読者諸氏が気付くきっかけになれば幸いです。

今日は活発な議論を有り難うございました。

(2018年12月17日収録)

※所属・職名等は本誌発刊当時のものです。

カテゴリ
三田評論のコーナー

本誌を購入する

関連コンテンツ

最新記事