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【特集:障害と社会】
ノーマライゼーションと心のバリアフリー

2018/12/05

3.ノーマライゼーションの理念の広がり

ノーマライゼーションの理念は、知的障害のある人の人権問題からスタートしたが、知的障害だけでなく、すべての障害のある人や高齢者を含めた社会福祉の基本的な理念と考えられるようになった。そして、1981年の国際障害者年(テーマは「完全参加と平等」)以降の国際的な障害者の権利保障の歩みに大きな影響を及ぼした。また、2006年12月13日に国連総会において採択され、2008年5月3日に発効した「障害者の権利に関する条約(通称:障害者権利条約)」にも影響を及ぼしたと言われている。日本障害フォーラム(JDF)政策委員長の森祐司は、JDF全国フォーラム「障害者権利条約の批准と完全実施〜国内法制の課題と取り組み〜」(2013年)の基調講演で、ノーマライゼーションの理念が「障害者権利条約」策定に果たした役割を以下のように述べている。

「国際障害者年のなかで、『障害者は治療や保護の客体ではなく、尊厳をもって自律的に人生を築いていく人権主体であり、障害者の平等な社会参加を妨げるバリアーを除去すべきである。』という認識が、国際社会へ広くゆきわたり、わが国においても、『ノーマライゼーション』の理念が、名実ともに日常生活の中に根ざす兆しが見えはじめるとともに、実現化も進んだ。このような状況のなかで、障害者運動が権利運動として活性化し、とりわけ90年代以降は、障害者団体相互における連携が急速に進み、障害者自身が、障害者団体活動を通じ、国際的に連帯し、国際政治の舞台において一層大きな影響力を持つようになった。国際障害者年からはじまった『障害者主体の理念』と『ノーマライゼーション』の考え方の進展は、全世界的規模での集大成が望まれる時期の到来を象徴すべく、まさに国連・障害者の10年の中から、『障害者権利条約』策定の気運が生まれてきたといえる」。

森も指摘しているように、ノーマライゼーションの理念は、近年の障害のある人達の人権に関するムーブメントの根幹をなす重要な思想だったと言える。

4.バリアフリーとユニバーサルデザイン

障害のある人達が、ノーマルな生活ができるようにするためには、障害のない人達と同じように、普通の場所にある普通の家に住み、普通の学校や職場に通い、勉強や仕事が終わったら、様々な余暇活動に参加できるようにする必要がある。しかし、障害のある人達が、普通の生活をしようとすると、様々な「バリア」に遭遇することになる。例えば、車いすの人が建物や交通機関等を利用しようとすると、階段や段差等の「物理的なバリア」が行く手を阻む。聴覚に障害のある人が演劇や映画等で余暇を楽しもうとすると、字幕や手話通訳等が用意されていないという「文化・情報面のバリア」に遭遇する。視覚に障害のある人が大学入試や資格試験等を受験しようとすると、受験を拒否されるという「制度上のバリア」が立ちはだかる。そして、多くの障害のある人達が社会参加をすると、様々な場面で、避けられたり、差別されたり、偏見を持たれたり、「かわいそう」「気の毒」と同情されたり、下に見られたりという「意識上のバリア」に遭遇する。ノーマライゼーションの理念を実現するためには、これらの「バリア」をなくしていくこと、つまり、「バリアフリー」が重要なのである。

バリアフリーに関する取り組みは、障害のある人達が建物へアクセスできるようにする物理的環境のバリアフリーからスタートした。1968年にアメリカで、建物へのアクセスを求めた最初の連邦法である「建築障壁法」が制定されたことがバリアフリーに関する最初の法律であると言われている。1972年には国連で「障害のある人の社会参加を阻害する物理的・社会的な障壁を除去するための行動が必要である」という提言がまとめられ、1974年には、国連の障害者生活環境専門家会議が「バリアフリーデザイン」(建築上障壁のない設計の報告書)を取りまとめた。

バリアフリーは、障害のある人達にとっての「バリア」をなくしていこうという取り組みである。しかし、ノーマライゼーションの理念から考えると、建物等は、障害のある人達も利用することを最初から考えて設計すべきである。このような考え方を「ユニバーサルデザイン(UD)」という言葉を使って最初に提唱したのがアメリカの建築家ロナルド・メイス(Ronald Mace)であった。メイスと親交があり、2000年にロン・メイス21世紀デザイン賞を受賞した川内美彦は、ユニバーサルデザインを「すべての人々に対し、その年齢や能力の違いにかかわらず、(大きな)改造をすることなく、また特殊なものでもなく、可能な限り最大限に使いやすい製品や環境のデザイン」と紹介している。

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