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【特集:自由貿易のゆくえ】
トランプ時代におけるEUの通商政策

2018/08/06

対日関係の改善

イタリアなどの懸念材料はあるものの、それでも通商政策は域内の足並みがそろいやすい。財政政策や難民政策は妥協点を見いだすことすら難しいが、「自由貿易体制の維持」という大義名分には域内のほとんどの国が理解を示す。

ところが、手を結ぶ相手がなかなか見つからない。米国を翻意させることは望めず、英国とはブレグジット交渉の最中。経済制裁を発動中のロシアと組むわけにもいかない。中国とは相互投資を加速するが、本音では技術流出の防止や知的財産の保護という観点から警戒心を解けないのが実情である。日本が考えているほど欧州は「親中」ではない。主要7カ国(G7)の中でカナダとはすでに交渉を終えているため、視線は自然と残る日本に向かう。

裾野は広い。EUにとって日本は第6位の貿易相手で、対日輸出にかかわる7万4千社の8割が中小企業だ。欧州に進出した日本企業は、EUに55万人の雇用を生んだ。2つの経済圏が手を組めば、世界のGDPの3割を占める。米国が崩しにかかった自由貿易体制の守り手になるという政治メッセージを発することができる。

こうした状況を受け、対日感情が大きく好転したと言ってもいい。端的な例がドイツである。連邦議会(下院)では7月6日、珍しく対日政策が議題となり、メルケル首相が「距離は離れているが、日本とドイツは親密なパートナー」と語った。EUと日本が7月に署名した経済連携協定(EPA)も強力に後押しした。

日独関係がいつも順風満帆だったわけではない。1962年の閣議で「日本企業の欧州に対する輸出攻勢を警戒すべきだ」と述べたのは、アデナウアー西独首相だった。首相ポストを継いだ保守政治家のエアハルト氏も、「日本は輸出にこだわるのではなく、内需拡大で成長を呼び込め」と語ったことがある。両者とも、ドイツでは自由貿易および市場経済の担い手として知られるが、対日政策では保護主義の陰がちらついた。

メルケル首相も当初は安倍政権に冷たかった。カネをばらまくアベノミクスを「懸念がないわけではない」と案じ、中韓と争う歴史認識に注文をつけた。それが一転。日本が米国抜きで環太平洋経済連携協定(TPP)に突き進んだこともあって「自由貿易の守り手」との評価が欧州で定まった。期せずして、トランプ騒動が日欧関係に追い風となり、日本企業にチャンスをもたらした。

覚悟なき欧州

遠く離れた日本を「再発見」するほど、米国との溝が広がった欧州。中東政策や温暖化対策でもあつれきが目立つ。だが、対立こそすれ、絆を断ち切ろうとしているわけではない。EUの盟主ドイツは政策面での論争は受けて立つが、米国批判を盛り上げるつもりはない。それに呼応して米国で反独感情が高まれば、抜き差しならぬことになってしまう。そもそもドイツ社会の指導層は、ナチスを追放し、民主主義をもたらした米国に恩義を感じている。中・東欧諸国はロシアの脅威に対抗するため、まだ米国の軍事力が必要だ。EU域内で独仏の影響力が突出するのを防ぐため、「米国カード」を残しておきたいという思惑もある。ブレグジットで英国が当てにできなくなり、米国に希望をつなぐしかない。

とはいえ、米国の力の衰えは隠せない。米国の関心領域がアジアに向かい、アフリカや中東などで欧州の責任が重くなるという受け止めは、オバマ政権時代からあった。

欧州にとって、EUとは中国、ロシア、米国と対等に渡り合うための枠組みであり、通貨ユーロは基軸通貨ドルに並ぶという野心を秘めた試みである。それに加え、安全保障政策では「EU軍」という構想が現実味をもって語られる。1950年代にフランスのプレヴァン首相が提唱したのが原点だが、最近になって議論が復活した。

ただし、覚悟は固まっていない。核保有国フランスはアフリカやシリアでの軍事作戦に加わる能力はあるが、1カ国では米国を代替できない。頼みの綱のドイツは「国内総生産(GDP)の2%を国防費に充てる」というNATOの目標を満たすべきかどうかですら、国論が割れる。そもそも「中立国」を標榜するフィンランドやオーストリアは軍事同盟に入ることを嫌がっている。

あいまいな態度をとり続けることができる時間は残されていない。アフリカや中東の政情不安は、欧州へ向かう難民や移民の流れを生む。排他主義を刺激し、欧州統合を危うくする事態をどう防ぐのか。米国に頼れないとなれば、通商政策、軍事介入、経済援助、そして人道支援を組み合わせた欧州流の新たな世界戦略が必要となる。

ひるがえって日本はどうか。中長期的な視点に立って米国依存を減らすべきか、減らすなら中国やロシアとどう向き合うのか、という議論すら避けている。「トランプ時代」が問うのは、世界の戦後秩序が激変する中での立ち位置。思考停止では将来が危うい。

※所属・職名等は本誌発刊当時のものです。

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