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【三人閑談】
あつあつおでんだね

2026/01/26

  • 堤 裕(つつみ ひろし)

    株式会社紀文食品代表取締役社長。
    1980年慶應義塾大学経済学部卒業。同年、株式会社紀文(現紀文食品)入社。マーケティング室長や秘書室長などを歴任し2017年より現職。

  • 柏原 光太郎(かしわばら こうたろう)

    一般社団法人日本ガストロノミー協会会長。

    1986年慶應義塾大学経済学部卒業。同年、株式会社文藝春秋入社。グルメガイド「東京いい店うまい店」を長年手がける。2018年より現職。

  • 鵜飼 真妃(うかい まき)

    だしソムリエ®創始者、株式会社OFFICE MAKI 代表。
    1997年慶應義塾大学環境情報学部卒業。2011年にだしソムリエアカデミー(旧協会)を設立し、世界初のだしソムリエ資格をスタート。

田楽がルーツ

 このたび、紀文食品おでん研究班が『おでん学!』(祥伝社新書)という本を出版しました。私たちは1994年から30年以上、「紀文・鍋白書」というかたちで、鍋料理を調査・分析し、発表してきました。2023年にはウェブメディア「オデンガク」を開設し、日本の食文化の魅力を発信しています。

鵜飼 面白いですね。おでんと一口に言っても奥が深そうです。

 おっしゃるとおり、おでんの食べ方は地域ごとにさまざまです。おでん種(だね)だけでなく、だしの素材やつくり方によっても味付けは随分違います。そうした多様性を知ってもらおうと、この本の巻頭に「日本全国おでんマップ」を掲載しました。土地ごとに好まれるおでん種や味付けの違いが一目瞭然で、話題のお店や最近のトレンドなども盛り込みましたので、是非楽しんでいただきたいです。

鵜飼 名古屋育ちの私にとって、家庭のおでんと言えば味噌おでんでした。味噌おでんには、すっきりしたおつゆで煮込み、味噌ダレを後から付けるタイプと、初めから味噌で煮込むタイプがあります。わが家は後から味噌ダレを付けるタイプの食べ方でした。

 おでんの「でん」は田楽から来ていると言われます。こんにゃくや豆腐にお味噌を付ける食べ方がやがて煮込み料理になりました。名古屋では田楽として食べられていた頃から味噌が使われていたのでしょうね。

鵜飼 そう思います。名古屋の味噌は味付けが濃厚です。

 赤だし味噌で煮込むかたちが定着したのもその流れだと思います。煮込みタイプの発祥時期には諸説ありますが、『おでん学!』では、これが主流になっていくのは明治時代としています。

鵜飼 最初は煮込んだ種に味噌を付けていたのですね。明治時代に主流になっていくのは何がきっかけだったのでしょうか?

 さまざまな記録がありますが、かつては串に刺して煮込んだものを屋台で売っていたようです。

柏原 この本にも登場する本郷の「呑喜(のんき)」は1887(明治20)年創業なのですね(現在は閉店)。私はこの近所で生まれ育ち、よく呑喜におでんを買いに行かされました。家にお客様がいらっしゃる時に鍋を渡され、呑喜にお使いに行くのです。

種の値段は覚えていませんが、お店の人に「何百円分入れて」と頼み、鍋に入れてもらって持ち帰っていました。当時はまだ東京の山の手のほうでもお豆腐屋さんがラッパを吹きながら移動販売していた時代で、これが私にとって最初のおでんの思い出です。

東京で好まれるちくわぶ

柏原 実は今日のために、知り合いのおでん屋さんに取材しました。その方によると、店で人気のおでん種は圧倒的に大根なんだそうです。営業中に大根の注文がいくつ入るかで、その日の売上げの見当がつくほどだとか。

人気の種は、子どもには玉子、しらたき、はんぺん。お母さんたちの間では、ちくわぶが断トツで、続いて巾着。お父さんたちの間では牛すじが断トツで後は練りものだそうです。僕は玉子としらたきとちくわぶが好きなのですが、思いがけず子ども舌であることがわかってしまいました(笑)。

ちくわぶを初めて食べたのは、小学校の給食の時間です。子ども心に美味しいと感じ、家でも晩ごはんにちくわぶをねだるほどでした。間違えてちくわを買ってきた親に駄々をこね、わざわざ商店街に探しに行って近所の八百屋の隅でバケツに水を張って売られているのをようやく見つけました。

鵜飼 あの…ちくわぶって何ですか? あまり馴染みがなくて…。

柏原 あ、ご存じないですか。小麦粉でつくるちくわを模した練りもののことです。

鵜飼 知りませんでした。ちくわではないのですね。

 ちくわよりも少し大きいです。私も慶應に入ってから東京で暮らし始めましたが、それまでちくわぶの存在を知りませんでした。ですが、東京の人たちにとって好きな種の上位に入る存在ですよね。

鵜飼 では、東京の人たちはちくわを食べないのですか?

柏原 いえ、もちろんちくわも食べますが、ちくわぶも好きなんです。

鵜飼 地域によって入れる種は違うのですね。西日本では牛すじがポピュラーですが、わが家のおでんには入っていませんでした。お麩をおでん種として食べたこともありません。

 がんもや厚揚げはどうですか。

鵜飼 厚揚げはありましたが、白いはんぺんを初めて食べたのは東京でした。それも長野出身の友人が注文しているのを見て知りました。

白はんぺんと半平

柏原 いつも疑問に思うのですが、「ご当地おでん」には地域で自然発生的に生まれたものと、後からつくられたものがあると思うんです。

 そうですね。例えば名古屋は味噌おでん、静岡は黒いおでんといった特色がありますが、誕生の背景や伝わった経路などまではわかっていません。

鵜飼 『おでん学!』によれば、はんぺんと牛すじの東西分布がきれいに分かれていますね。東日本で食べられているはんぺんを「東高西低」、西日本で食べられている牛すじを「西高東低」と呼ぶのが面白い。

柏原 たしかに牛すじは関西のイメージが強いですね。

鵜飼 名古屋には牛すじもはんぺんもなかった気がします。

 いえ、実は名古屋にもはんぺんはあるのですが、「白はんぺん」と呼ばれるのです。東側にあったものが西側に伝わる時に名前が変わったのでしょう。

と言うのも、「はんぺん」は名古屋でさつま揚げを指すからです。「半平」と書きますが、これと区別するために「白はんぺん」と呼ばれるようになったと言われています。

柏原 呼び名の違いと言えば、さつま揚げは九州で「天ぷら」と呼ばれますよね。

 そうですね。おでん種がよその地域に定着する時には、別の名前が付くことが結構あるようです。

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