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【三人閑談】
編み物をやりましょう!

2025/12/25

編み物が暮らしの一部

横山 以前、コロナ禍で「〈主婦〉の学校」という映画が話題になりました。アイスランドにある家事の学校のドキュメンタリーで、そこでは例えば、イチゴジャムを作るのにも素材を摘みに行くところから始めるのです。もちろん手芸も学べます。

僕が面白いと思ったのは、映画製作当時のアイスランドの環境大臣もこの学校の卒業生だったこと。彼は劇中に登場し、「祖母も母も家で手芸をやっていたから、こういうのは大好きなんだよ」とインタビューに応えるのですが、最後には「みんな、(社会課題について)いろいろ難しいことを言うけれど、SDGsはここにあるんだ」みたいなことを言う。政治家がこういう見方をするのかと、ハッとさせられました。

瀨戸 日本ヴォーグ社もそういう学校を始めてみようかな。

横山 是非やってほしい。編み物も暮らしを作る一要素なのですから。

瀨戸 そうだね。上映会をやろう。

横山 実は今、日本を舞台に「暮らし」をテーマにした小説を連載しています。禅の世界では手仕事を修行と捉えて「作務(さむ)」と呼びますが、この作務を題材に、「リツの喫茶法」という題で曹洞宗の月刊誌『禅の友』に毎月書いているんです。

作務は修行の中で掃除をしたり、食事を作ったりすることを指しますが、これってつまり暮らしのことでしょう? 僕は物語の中で、編み物も含めて近代化によって手放してしまった自分たちの事を、もう一度自分自身でやろうと呼びかけています。

瀨戸 ユニークですね。作務の時に着るから「作務衣(さむえ)」と呼ばれるのですね。

横山 そのとおりです。僧侶の方々には袈裟を縫う仕事もあり、これもいわば作務の1つです。手芸も暮らしの一部分なのです。

ハナ なるほど。

横山 パッチワークの元祖も僧侶たちではないかと言われています。出家した人たちが不要な布を縫い合わせ、「糞掃衣(ふんぞうえ)」と呼ばれる袈裟を作りました。編み物は今たしかにオンライン上で盛り上がっていますが、一方で暮らしに関わるリアルなものでもあり、せっかく編み物を始めてくれた若い人には、両方に関心を持ってもらいたいですね。

編み物とは輪っかから糸を引っ張り出すこと

瀨戸 編み物ブームと言っても、やっぱり挫折してしまう人もいるんです。そういう人のために、2013年に出版した『はじめの一歩 あみものできた!』という本を最近再刊しました。新たに巻末のコードから動画コンテンツを見られるようにもしました。

横山 手厚いですね。初めて編み物をする方の中には敷居が高いと思う人もいるのでありがたいです。

ハナ そうですね。ウェアを編むのは大変そうと言う方もいます。だからこそ、100円ショップの毛糸で簡単な物から編み始めるのが人気なのかもしれません。

瀨戸 ニットは失敗しても簡単に解けるという利点がありますよね。

ハナ でもきっと本当に初めての人にとっては、最初の作り目を作るところから簡単ではないと思います。初めは動きがぎこちなかったりしますよね。

瀨戸 それは仕方ないよね(笑)。

ハナ 少し練習すると身体の動きもスムーズになる。それが最初の関門かなと思います。

横山 煎じ詰めれば、編み物は糸の輪っかから糸を引っ張り出すことに尽きますからね。

ハナ そうそう。どうやって引っ張り出すかのバリエーションだけですからね。

横山 初心者の人は何から編み始めればよいでしょう。僕は以前、初心者向けにキノコの形のチャームを編むワークショップをしたけど、あまり一般的ではないからね(笑)。

瀨戸 スマホケースなんてどう?

ハナ ニット帽とか?

横山 昔からポピュラーなのはマフラー?

瀨戸 僕も学生時代はよく編んでもらいましたよ(笑)。

横山 最初の一歩は具体的な何かじゃないほうが良いかなとも思います。昔は、毛糸を使って遊ぶぐらいの感じで教えてくれる先生がいました。ですが、そういう方法は資格制度の中で採用されなかった。

瀨戸 システム化しないと指導者までのカリキュラム化ができなかったのです。それによって編み物の裾野は広がった面はありますが、この仕組みに合わない人もいます。

横山 輪っかに糸を通して引っ張れば編み物になるので、それだけを1時間やってもらう指導も良いと思うのです。僕の祖母の世代の先生たちは自己流の編み方を持っていました。実際にそのやり方で編んでみると教わった方法よりも簡単だったりします。僕はどちらでも良いと思いますが、システム化されることで失われるテクニックもあると思うんですよね。

ハナ 「正しい方法」として教わることで、それ以外は間違いと思い込んでしまうということですよね。

横山 そうです。でも、正解はないでしょう。極端な話、編めちゃえばいいわけで。

瀨戸 難しいよね。教室に集まってもらって教える時には「これが正しい編み方」と決めないと、なかなか進まないところもあるから。

もっと自由に編みましょう!

横山 コロナ前、「キノコの形をした作品を自由に編む」というテーマでワークショップを継続的に開いていました。初心者からベテランの方、大先生まで十数人も集まってくれる会だったのですが、「先生、自由に編め、と言われても難しいです」という声がたくさんあがるのです。

でも、僕は「輪から糸を引っ張り出せば編み物になるから大丈夫! 今やっているのが正解だから」と言うだけで、本当に自由に編んでもらうようにしました。すると、大先生やベテランの人たちまで「久しぶりに編み物が面白かった」と言って喜んでくれたのです。それも1回や2回ではありませんでした。

ハナ 素敵ですね。

横山 ルールができたことで編み物が普及し、みんながレベルの高いものを編めるようになった反面、ワクワク感みたいなものが減ったのかもしれない。僕はそういう楽しい感覚も含めて編み物を広めたいんです。

ハナ 独学で始めると「エイヤ」でできることが、教室できちんと教わってそれ以外の方法がないように感じてしまうということもあるかもしれませんね。

横山 一方で、動画から入る若い人はもっと自由だと思います。ネット上で「これいけるかも。作ってみたい」と思うものをみんなに見つけてもらうほうが時代に合っているのかもしれない。

瀨戸 でも、今基礎を知らないまま動画から入った人たちが、もっと凝ったものを作りたいと思ったらどうすればよいですか。

横山 そのかけ橋がないのです。

瀨戸 保守的な意見だけど、それなら教室で基礎を勉強したほうがよいと思うんです。自己流と言っても基本は大切だから、それを押さえないと上手くならないんじゃないかな。途中で壁ができて「こんなものか」で終わるのは残念でしょう?

横山 そうですね。ちなみに、米国にはリアルとオンラインのかけ橋があるんです。編み物好きが地域で集まれるコミュニティがあり、オンライン上でも「Ravelry(ラベリー)」というサイトでみんなが情報交換する。その連携が上手くいっているように見えます。

僕はそういうところも含めて寄与していきたい。『編み物ざむらい』のようなエンターテインメントを楽しむうちに、自然とリアルとオンラインのそれぞれに親しい人たちの距離が近づいてほしい。そうして、やったことがない人が編み物を始めやすくなる状況が作れれば嬉しいです。

ハナ 私は最初から強烈に編みたいものがあって始めたタイプです。「こんなセーターができたらすごくかわいい、絶対編みたい」という衝動があり、随分時間がかかりましたが編めたのです。同じように、作りたいと思えれば頑張って編む人がいるはず、とも思います。「これいけるかも」もあれば、「難しそうだけど絶対やりたい」という入口もあるので、気に入ったデザインが見つかったら是非トライしてもらいたいですよね。

(2025年10月16日、日本ヴォーグ社にて収録)

※所属・職名等は本誌発刊当時のものです。

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