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【三人閑談】
編み物をやりましょう!

2025/12/25

  • 瀨戸 信昭(せと のぶあき)

    株式会社日本ヴォーグ社代表。
    1976年慶應義塾大学経済学部卒業。「ハンドメイドでHappy Lifeを」をモットーに、編み物をはじめとしたハンドクラフトの出版、教育、手芸店等を展開。

  • 横山 起也(よこやま たつや)

    編み物作家、小説家、NPO法人LIFE KNIT代表。

    1998年慶應義塾大学法学部卒業、2000年同大学院法学研究科修士課程修了。時代小説『編み物ざむらい』で日本歴史時代作家協会賞文庫書き下ろし新人賞受賞。

  • ハナ サイード

    ニットデザイナー。
    2017年慶應義塾大学文学部卒業。在学中にパリ第一大学美術史学部留学。毎年セーターを編んでくれた祖母の影響で小学生から編み物に親しむ。著書に『着まわしニット』。

「編み物は手芸ではない」

瀨戸 私は慶應在学中、体育会ゴルフ部に所属していました。日米対抗戦の代表になるほど熱中しましたが、迷った挙句、卒業の2年後に、先代が始めた日本ヴォーグ社に入りました。体育会系だったので、最初はもちろん編み物のことなんてチンプンカンプンです。女性ばかりの社内でとても戸惑いましたが、その後、経験を積み、ニットの先生方との出会いにも恵まれて今に至っています。

1961年に社団法人日本編物文化協会を発足させた時が編み物の最盛期で、会員数は約10万人にのぼりました。当時は手芸も盛り上がっており、69年には財団法人日本手芸普及協会ができました。

2015年にはそれらを統合し一般社団法人日本手芸普及協会(現在は公益財団法人)となりましたが、この時、編み物の先生たちから「編み物は手芸ではなく服飾文化です」と言われました。たしかに一口に編み物と言っても、すごいテクニックがたくさんある。講師を目指す人はみんなプライドをもって技術を磨いているのを実感しました。

ハナ 協会ではどのような活動をしているのですか。

瀨戸 手編み学習指導体系にもとづく認定資格を作りました。スクールを開講し、本科、高等科、講師科があります。指導員、准師範、師範と段階を経ますが、すべての課程を修了するのに5年ほどかかります。他のハンドメイドにはない世界です。

横山 1960、70年代は"編み物ブーム"だったのですね。当時の盛り上がりはどんな感じだったのですか?

瀨戸 ステータスとまでは言わないけれど、編み物をできることが個人をアピールできる重要なポイントでした。当社でも編み物の作品集をたくさん出版し、どれも良く売れました。毛糸のメーカーも種類もたくさんありましたよ。

戦後の編み物ブームでエポックメイキングだったのが1967年です。この年以降、編み物教室がものすごく人気を博しました。働く方が次第に増え、教室に通えなくなったのです。そこで1967年に編み物の通信教育を始めたところ、68年、69年と大ヒットしました。

自宅で編んだものを郵送してもらい、先生が添削して送り返す方式で、受講者数は通算100万人に達しました。

ハナ 受講者が100万人もいたなんてすごい熱量ですね。日本中から作品が送られてきたのですね。

瀨戸 そうです。あまりの多さに当時、小石川郵便局から、もうやめてくれと言われたほどです。社員数も一気に80人ほど増えました。

令和の編み物ブーム、到来中

瀨戸 毎年、日本ヴォーグ社の建物を使って「イトマ」という編み物好きの人のための毛糸マーケットを開催しています。2日間で2000人もの方が来場するのですが、ものすごい熱気です。30くらいのブースでちょっと変わった毛糸などを販売しており、予約制にしないとお客さんが入りきりません。

ハナ そんなことになっているのですか!

横山 僕も会場でライブ配信のMCを担当し、編み物コミュニティの結束の強さを目の当たりにしました。しかも、ライブをインターネット配信したことで、この熱気が若い人にも届くようになった。イベントに参加する年齢層も大きく変わり、情報をキャッチし始めた30代、40代の方が来られるようになりました。

瀨戸 このコミュニティは他のハンドメイドにはない感じです。編み物ファン同士は、1日中黙っていても一緒に過ごせるようです(笑)。

ハナ とても良くわかります。

横山 昔ほどじゃないにせよ、今また編み物ブームが訪れているのを感じます。ハナさんは盛り上がりを感じることはありますか?

ハナ SNSを見ていると、最近はどれだけ簡単に、安く、かわいいアイテムを編めるかというところで盛り上がっています。100円ショップの毛糸がすごく人気で、売れ切れるほどだとか。小さなポシェットを作ったりするのも、本を見て勉強するというよりは、動画を見てやってみる人が多いようです。

瀨戸 教室で習うものだった昔とは正反対ですね。

ハナ 以前、夕方の情報番組で手編みニットがスローファッションとして取り上げられていたのです。その時に何となく「編み物ブームがきてるのかな」と感じました。

着たいニットは自分で編もう

横山 ハナさんが編み物を始めたきっかけは何ですか?

ハナ 編み物が得意な祖母の影響です。おしゃれをしたい学生時代、お金はないので、「自分で好きなデザインを編めばいいんだ!」とウェアを編むことに熱中し始めました。

横山 それは1970年代のブームの時と基本的には一緒ですよ。

ハナ 私が始めたころは、ニットデザイナーの三國万里子さんのニットがとても人気でした。「こんなにおしゃれなものが編めるんだ」と思い、三國さんの本を見ながら編んでいました。

横山 ハナさんがお召しのニットは刺繍が入っていて素敵ですね。

ハナ 父の祖国パレスチナの伝統的な刺繍のモチーフを編み込みました。この刺繍はクロスステッチなので編み物でも再現しやすいのです。

横山 僕は小規模のオンラインサロンをやっているのですが、参加メンバーの1人に「編み物カウンター」というアプリを開発した藤田佑輝さんという男性がいます。

ハナ 「編み物カウンター」は私も使ったことがあります!

横山 このアプリは、一段編んだらタップするという使い方で、つい忘れてしまいそうになる数字をメモ代わりに記録できるのですが、実は世界中で何回タップされたかをカウントしています。もちろん、アプリを使っている人に限定されるのですが、世界でどのくらい編み物がされているかを推し量ることができます。昨年8月以降でタップされた回数は、ひと月あたりそれまでの5倍に達したそうです。つまり今までの5倍、編み物がされている。

ハナ そんなに!

横山 その後、暖かくなる季節にはタップ数が落ちるかと思いきや、その度合いは変わらないようです。インストール数もアクティブユーザー数も同じ5倍を維持しているとのことで、1つのアプリから観測される数値とは言え、もうブームと呼んでいいのではないでしょうか。

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