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【三人閑談】
編み物をやりましょう!

2025/12/25

編み方を変えると仕上がりも変わる

横山 ハナさんはどういうところに、編み物の楽しさを感じていますか?

ハナ 最近は、編み図や文章パターンの作成に没頭しています。『着まわしニット』では、私のメモをもとに専門の方が描き起こしてくれたのですが、自分のデザインを自身で編み方まで広められるようになりたいと思って始めました。

私はシンプルなメリヤス編みでさえも没頭できるほど編む時間が好きで、編み図を作るのは苦手だったのですが、本格的に取り組んでみると結構楽しくできています。海外でポピュラーな肩・衿側から編み始めるトップダウン式の編み方に挑戦したりもしています。

ボトムアップ式では肩はぎ(後ろ身頃と前身頃を肩で編み合わせる)しないといけませんが、トップダウンの場合は肩はぎの作業がない代わりに、肩のデザインが重要だとわかりました。

横山 本当にそうなんですよね。

ハナ 編み方を変えると仕上がりの雰囲気が随分変わります。トップダウンは慣れるまでが難しいのですが、知らないことをやってみる面白さはありますね。

「セーター」と呼ぶのはなぜ?

横山 ところで、日本では「セーター」と呼びますが、海外での呼び方は「プルオーバー」ですよね。「セーター」という単語もあるけれど、編み物の人たちは大体「プルオーバー」を使う。ハナさんはフランスに居た時期があるそうですが、どうでしたか。

ハナ フランスは「プル」ですね。「セーター」とは呼ばないです。

横山 面白いですね。「プルオーバー」という名前には、伸び縮みするニュアンスがあるから、それ自体が編み物のことをよく示しています。

ハナ 呼び名が動作を表しているのですね。

横山 調べて見ると、「セーター」は米国でアメフト選手が汗をかいて減量するために使っていたことに由来するという説が出てきたけど、これは本当だろうか……。

ハナ え、それはちょっとイメージが変わりますね(笑)。

横山 「スウェット」も同じように運動して汗をかくための衣類というのが由来のようです。でもこれは英語圏の呼び方で、ハナさんが言うようにフランスでのセーターの呼び名は「プル」ですね。このプルはプルオーバーの略で、するとプルオーバーが先にあったのだろうか。フランス語のほうが使い始められた時期が早い気もするけど。

ハナ 編み物の発祥は英国ですか?

横山 起源をさかのぼると、エジプトのようです。でも、当時の技法が現代までつながっているかは確かめるのが難しいようです。

スタイルブックを見ながら

瀨戸 編み物の本は今も変わらず人気ですが、手編みがブームだった1970、80年代ごろはスタイルブックもたくさん出版されました。手編み毛糸は海外ブランドも力を入れていて、イヴ・サンローランブランドの毛糸も販売されていました。

ハナ 今では想像もつきませんが、そんな時代があったのですね。

瀨戸 毛糸メーカーも自社の製品を売るための戦略として、出版物を通しておしゃれなスタイルを積極的に打ち出していました。そういうメーカーのニーズに応えるデザインを私たちも一生懸命考えて、本を作ってきたわけです。

ハナ スタイルブックに掲載されている作品はすべて手編みですか?

瀨戸 編み機が人気だった80年代までは機械編みの作品集もたくさん出版されました。当時のおもしろいエピソードがあります。とても人気があったニットデザイナーの戸川利恵子さんが香港のテレビ番組に出演した翌々日、自分が着ていたものと同じニットを着ている人が何人も街を歩いていたそうです。戸川さんが着ていたものを気に入って、番組を見て自分で編んでしまったのでしょう。

ハナ 2日で編んでしまったということですか? すごいスピードですね。

横山 目でコピーするのでしょうね。

僕の母の先生にあたる世代の人たちは、パッと見て、サイズ感とかすべて把握してしまったそうです。採寸しなくても編めてしまう人が多かったと言いますから驚きます。嘘みたいな話ですが、編む技術もミリ単位で正確無比な技を実現していた人たちもいたらしいです。

瀨戸 「編み物は手芸ではない」という主張の根拠は技術の高さなのでしょうね。

横山 そういう風に言う方々にしてみたら「工芸」の意識なのかも。かつてニットではレストランに入れない時代があり、祖母たちの世代は編み物の社会的地位を高めるために、ニットのスーツをたくさん作ったと言いますから。

ハナ (紙面を見て)メリヤス編みの肩パッドがあったのですね。とてもかわいいですが、ジャケットの内側に仕込むためのものも編んでいたのですか?

横山 そうです。ニットでスーツを作るのもトレンドの1つでした。

瀨戸 昔の日本編物文化協会の会合の集合写真を見ると驚きますよ。ホテルの宴会場で皆、ニットのスーツで写っていますから。

ハナ 素敵ですね!

横山 昔の先生方はニットでビシッとキメていました。今はそもそもニットスーツをあまり見ないですよね。

ハナ そうですね。昔の本で見たことがある、という印象です。シャネル風のツイードなど、素敵だなと思います。


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