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【三人閑談】
ジャパニーズウイスキーの時間

2025/11/25

日本がオリジン"ミズナラ樽"

山田 日本ではミズナラの樽もよく使われていますよね。今〈シーバスリーガル〉もミズナラの樽で熟成した製品を売り出しています。ミズナラの樽は今もつくられているのですか?

笹川 世界的なジャパニーズウイスキーブームを牽引した〈響〉や〈山崎〉、〈白州〉はすべてミズナラ樽熟成の原酒をキーモルトとして使っています。樽に使われるオーク材には、アメリカンオーク、ヨーロピアンオーク、ジャパニーズオークなどがあります。外国のオーク材を使えなかった戦後間もない時期に、サントリーが使った国産樽材がミズナラでした。

最初は苦肉の策でしたが、後年、この樽材特有のお香のような複雑な香りがあるとわかり、その樽で造ったウイスキーが高く評価されたというわけです。それをシーバスリーガルなどの海外メーカーが使うようになったのですね。

山田 ミズナラ樽はサントリー以外のメーカーも使うことができるのですね。

笹川 樽メーカーの有明産業が今も新樽をつくっていますが、生産量が少なく値段も高い。〈シーバスリーガル ミズナラ〉はミズナラのカスクフィニッシュ、つまり他の樽で熟成させた後で熟成の最後の期間をミズナラ樽に貯蔵したお酒を売っています。

実は、ミズナラの木は成長がとても遅いのです。高樹齢でも太くならず、木材として使用できる量が限られます。主に北海道に群生しますが、板材として市場に出た瞬間に買われてしまうので、新規参入の事業者はほとんど買えない状況です。

〈シーバスリーガル〉もミズナラ樽の数が限られるため、カスクフィニッシュというかたちで熟成させているのでしょうね。日本人がミズナラ樽を発見したことが、ジャパニーズウイスキーの世界的な評価につながりましたが、特徴的なフレーバーになることが誰もわかっておらず、10年、20年を経たものがやがて海外から評価されるようになったのは面白いストーリーだと思います。

土居 初期の国産ブレンドウイスキーは基本的には国内向けで、欧米人の味覚に合うものを目指していたわけではなかったと思うのです。その中で味の系統を維持し続け、2000年代にいきなり外国から賞を受けた。ここには何か流れがあるのでしょうか。

笹川 ミズナラ樽のほかにジャパニーズウイスキーが評価される理由が、チーフブレンダーのブレンディングの能力です。サントリーには、ウイスキーのテイストの方向性を決定するチーフブレンダーを務めた輿水精一さんという方がいらっしゃいました。この職を今、5代目となる福與伸二さんが務めておられますが、世界的にも類を見ない鋭敏な味覚の持ち主でなければ務まらない仕事です。

サントリーのブレンダー室の方々は、樽ごとの原酒の味を見きわめて、それを組み合わせることで深い風味をつくる能力を持っています。何万樽もある原酒樽を組み合わせて、味を均一化させられるのはとんでもない技術です。

熟成は自然環境と同じ条件で

山田 日本はスコットランドに比べると、ブレンデッドが少ないですよね。どこのメーカーも基本的に他社には樽を出しません。

笹川 ブレンデッドウイスキーには、モルトウイスキーとグレーンウイスキーがありますね。モルトは大麦のみを原料としますが、グレーンはトウモロコシや数種類の穀物で造ります。実は、グレーンウイスキーを造るには連続式蒸溜機というすごく大きな機械が要るので、大手資本でなければ難しいという事情があります。

山田 グレーンを造り始めている蒸溜所はありませんか。国内に150もあれば、すべてシングルモルトではやっていけなくなるでしょう。10年後くらいには、国産でも美味しいブレンデッドが出てくる気がします。

笹川 確かに、日本は稲作だけでなく、北海道ではトウモロコシの生産も盛んですから、原料の地産地消を目指してお酒を追求すると、グレーンに向かう気がします。日本は大麦の生産量が少なく、SASAKAWA WHISKY は原料となる麦芽をほぼスコットランドから輸入しています。僕たちも、ジャパニーズウイスキーの未来を考えると原材料を国内で生産できるのが望ましいと考えています。

土居 逆に大麦の産地を限定すると、日本はつらい面もありますね。とくに麦は穀物の中でも生産量が少ないので。

笹川 ウイスキー用に品種改良されているスコットランド産の麦は、でんぷん質からアルコールに変わる率を示す「アルコール収量」が高いのです。香ばしさやウイスキー固有の重厚なテイストをつくるには、どうしてもスコットランド産のほうがよい。いろいろなメーカーが国産麦を試していますが、ウイスキー用の国産麦芽を育てることも重要です。

土居 酵素を生成させるモルティングの技術が重要なのでしょうか。

笹川 大事なのは、発酵と蒸溜と熟成だと思います。もちろんモルティングも大事ですが、モルトをいかに風味豊かに発酵させるかも重要です。この役割を担うのが酵母菌で、最も美味しいお酒を造るために酵母菌の配合や発酵の仕方を何度も試します。

山田 でも、正解もないでしょう。結果的にそれが蒸溜所の味ということだと思うんだけど。

笹川 そうですね。だから各メーカーが日夜さまざまなパターンで試作を重ねていますが、その答えも熟成期間を経ないと出ない。

さらに蒸溜所の熟成環境がウイスキーの味を大きく左右するので、立地はとても大切です。気温や湿度だけでなく、標高や周辺樹木の植生、海の近くにあるかどうか、といった条件も重要になる。ウイスキーの熟成は基本的に同じ場所で、外気と同じ条件にしなければいけないというルールもあります。

山田 室温管理はいけないのですか?

笹川 自然環境と同じ条件で熟成させるというのがウイスキーの定義なので、温度管理をしてはいけないのです。蒸溜所の外気温が高いと熟成が早まりますが、その分、エンジェルズシェアと呼ばれる蒸発量も多くなります。外気温が低ければ蒸発が少なく長期的な熟成が可能になりますが、熟成には長い時間が必要です。

土居 ウイスキーを造る場所というのは独特ですね。ワイナリーは大体ブドウ畑の真ん中にあるし、日本酒は田んぼの中でなくてもいいので街中にもありますが、ウイスキーの蒸溜所は貯蔵するのに適した自然豊かな環境に立っています。

笹川 僕たちの蒸溜所は標高約1000メートルの地域にあり、年間の平均気温が15度ぐらいのスコットランドに近い環境です。標高がそれなりに高く、酷暑を感じないほどに涼しい土地でないと、日本の夏を乗り切るのは難しいかもしれません。

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