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【三人閑談】
ジャパニーズウイスキーの時間

2025/11/25

過熱するブームの中で

笹川 ウイスキーは収集文化も活発ですね。投機目的で買う人たちも多いのですが、ボトルのラベルに表示される熟成年数もコレクション熱が高まる1つだと思うんです。それによって価値が判断されやすくなり、投機筋が過熱するのは皮肉ですが。

土居 コロナ禍前にロンドンのヒースロー空港の免税店でサントリーが〈山崎〉18年のプロモーションをしているところに通りがかりました。ボトルが棚にずらりと並んでおり、日本ではお目にかかれない光景に驚きました。ウイスキー発祥の地である英国でPRするのが目的だったのだと思いますが、免税店はそれ以外の国の人たちのほうが多く通りがかるので誰に向けて売っているのだろうとも思いました。

山田 先生は買わなかったのですか?

土居 もちろん買いましたよ(笑)。あんなにたくさん売っているのを見たことがなかったし、めぐり合えないものにはつい手が出てしまいます。18年はもうなかなか手に入りませんが、熟成ものは飲みますか?

山田 僕は記念に飲んでおこうかなと思うくらい。熟成が進むと優しい味になりますが、個人的には少しパンチがあるほうが好みです。

土居 〈山崎〉はコロナ後に再び出荷され始めましたが、たしかに12年経っていないアンエイジドは風味にも若さを感じます。私はもう少し寝かせてから出てきてくれたほうが深みがあるだろうな、とは感じますが。

山田 国内のメーカーは今きっとどこも増産しているのでしょうね。

笹川 中国を主とした投機需要が少しずつ落ち着き、サントリーの製品も手に入りやすくなりました。10年後はもっと手軽に買える世の中になっていてほしいです。

熟成工程のロマン

笹川 ウイスキーの工程のうち、機械が関わるのはごくわずかな期間で、製造工程のほとんどは熟成という自然作用に委ねる期間です。12年と言えば、赤ちゃんが中学生になるわけですからすごい年月です。これほど長い間、原酒を木樽に閉じ込めておく熟成工程のロマンティシズムはすごいと思うんです。

土居 そうですね。ニッカウヰスキー創業者の竹鶴政孝さんが北海道の余市で蒸溜所をつくる時に、熟成期間のあまりの長さに誰も出資してくれなくて困ったという話がありますが、無理もないと思います。奇特な方がお金を出してくれたから造れるようになったわけですが、普通のビジネスはそれほど長い年月待てませんから。

笹川 ウイスキーはとにかく時間がかかる事業です。僕も蒸溜所を始めるために出資を募って回りましたが、資金繰りに苦労しました。いろいろな人から「10年は儲からないんでしょう?」と。

土居 その点は100年前とあまり変わらないのですね。

笹川 そんな産業製品はウイスキーくらいではないかと思います。2020年には〈山崎〉55年が1本300万円という価格で発売されて話題になりました。200本限定という希少性から、オークションなどで1億円以上の値が付いたそうです。

価格はともかく、55年もの間熟成させるなんてすごいことです。自分で仕込んだとしても、生きている間に飲めないかもしれないほどの時間をかけている。テクノロジーが進んだ社会で、これほど原始的な製造業もないでしょう。

土居 繰り返し出荷するわけではないから、一期一会的と言うか、次に造るシングルモルトのブレンドとの味の連続性は気にしなくていいわけですよね。

山田 たしかに仕込んだ本人が飲めないのは寂しいな(笑)。

笹川 本当にそうです。僕もウイスキーを造り始めたけれど、自分が生きている間に評価されない可能性だってありますからね。息子や孫の代にまで関わる事業ですよ。

山田 ウイスキーの時間はむしろそれくらいのほうが自然なのかもしれませんね。

スモーキーフレーバーの謎

笹川 ウイスキーの熟成工程では、気温が高いと樽の木が膨張し、寒くなると収縮します。これを昼夜繰り返すうちに、外気との呼吸と樽材成分の溶出によりアルコールの不快成分や不快臭、刺激臭が減少し、アルコールを風味豊かな状態にしてくれるのです。熟成に使う樽も味に大きく影響します。

ウイスキー造りには米国ケンタッキー州でつくられたバーボンウイスキーの中古樽が多く使われていますが、この他にシェリー樽やワイン樽など、さまざまな種類の熟成樽が使われます。同じ原料、工程で造った原酒でも、どのような種類の熟成樽を使うかによって熟成後の味はまったく違います。こういうところもウイスキーの面白さの1つです。

土居 ボトルのラベルにもそういった情報が記されていますよね。

笹川 そうですね。「シェリーカスク熟成」とあれば、シェリー酒の樽を使って熟成しており、実際、ドライフルーツのような果実味を感じます。「バーボン熟成」はバーボンを造った樽を使っており、バニラやキャラメルのような風味が感じられます。

山田 SASAKAWA WHISKYでも樽を入手するのは大変だったのではないですか?

笹川 中古樽の価格が今かなり上がっています。中国やインド、東南アジアでもウイスキーの生産が活発で、樽は世界中で争奪戦が繰り広げられているんです。

土居 樽の内側を焦がす「チャー」という工程がありますよね。私も〈白州〉の蒸溜所で実際にチャーの様子を拝見したのですが、それがスモーキーフレーバーの素だと思っていたのです。ところが、蒸溜所の人によれば、スモーキーフレーバーをつくるのはピートだと言う。

木を焦がすことで燻製のような風味を生むと思い込んでいたのですが、そうじゃなかった。では、樽の内側を焦がすのは何のためなのか、そして、どういう原理でスモーキーフレーバーがつくられるのかが知りたいです。

笹川 ウイスキーのスモーキーフレーバーは、仕込まれる麦芽がピーテッドされたものかそうでないかによります。糖化酵素を生成するために原料となる大麦を発芽させ、発芽が成長しすぎないように煙で燻(いぶ)し、乾燥させて発芽を途中で止めるのです。一般的にはこの乾燥に無煙炭を使用しますが、ピートが家庭用燃料として一般的だったスコットランドでは、アイラ島などの一部の地域でまだ乾燥工程にピートが使用されています。

ピートとは地層に堆積した草や苔が炭化した泥炭のことです。これを燃やすと特有のスモーキーな香りが付きます。ウイスキー特有のスモーキーフレーバーは、麦芽をこのピートで焚くことでつくられます。

樽の内面をチャーリングするのは、スモーキーな香付けのためではなく、木材を焦がすとバニリンという成分が生成され、熟成中にウイスキーにバニリンが溶出するからです。これによってウイスキーにバニラの風味が付くのです。

土居 なるほど。長年の謎が解けました。

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