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【三人閑談】
ジャパニーズウイスキーの時間

2025/11/25

  • 山田 健太(やまだ けんた)

    山田平安堂代表。
    1995年慶應義塾大学法学部卒業。三井住友銀行勤務を経て1997年より現職。2016年に「漆のある空間」をテーマにHeiando Barをオープン。ブログで料理やウイスキーの情報を発信。

  • 笹川 正平(ささかわ しょうへい)

    SASAKAWA WHISKY代表、特選塾員。
    1996年慶應義塾普通部卒業。2005年成蹊大学経済学部卒業。家業の酒造業を継承し、2021 年SASAKAWA WHISKY 設立。富士北麓に富岳蒸溜所を開設し、ウイスキーづくりに励む。

  • 土居 丈朗 (どい たけろう)

    慶應義塾大学経済学部教授。
    1999年東京大学大学院経済学研究科博士課程修了、2009年より現職。博士(経済学)。日本だけでなく、スコットランドやケンタッキーの蒸溜所見学に行くことも。

ウイスキー冬の時代を越えて

山田 近年、ジャパニーズウイスキーの評価が世界的に高まっています。日本洋酒酒造組合では「ジャパニーズウイスキー」が定義づけられており、該当する条件は原材料、製造工程から貯蔵、瓶詰め、色調整にまで及びます。人気が高まるにつれて国産ウイスキーの水準も上がりました。

笹川 皆さんはどのようなきっかけでジャパニーズウイスキーを飲み始めたのでしょうか。

土居 私がウイスキーをたしなみ始めたのは2007年です。日本では1983年にウイスキー消費量がピークを迎えましたが、そこから減り続け、「ウイスキー冬の時代」の終わり頃とされる時期でした。「冬の時代」には、製造免許を持っていてもウイスキーを造らない蒸溜所が増えていき、メーカーは次第に淘汰されていきました。

結果的に大手酒造メーカーが残り、それにより2000年代前半に良質なウイスキーが登場した側面もあると思います。

山田 風向きが変わったのは、この10年ぐらいのように思います。

笹川 そうですね。2023年には、サントリーがウイスキーの製造を始めて100周年を迎えましたが、ウイスキーが売れない冬の時代もあったと思います。

土居 実は、私がウイスキーをたしなむきっかけがサントリーでした。2007年に上梓した著作がサントリー学芸賞をいただき、受賞の記念に、大阪にある〈山崎〉の蒸溜所を見学させてもらいました。蒸溜所でウイスキーを造ったのと同じ水を使った水割りを飲ませてもらい、こんなに美味しいお酒があったのかと驚きました。

山田 それは美味しいでしょう!

土居 それまでウイスキーを飲む習慣はなかったのですが、この日以来ウイスキー派になりました。

サントリーはその後、ハイボールムーブメントを興し、ウイスキー消費が喚起されたことでジャパニーズウイスキーブームの火付け役になりました。それ以前にも芽生えはあったのでしょうか。

笹川 ジャパニーズウイスキーが世界的に注目され始めたのは、ISC(International Spirits Challenge)等の国際的な品評会でサントリーが賞をとったことが大きいと思います。

風穴をあけたハイボール人気

笹川 かつてウイスキーは学生の酒というイメージがあり、高級酒と言えばブランデーでした。ウイスキーの人気が高まったのはサントリーのブランディングの賜物だと思います。今やハイボールは、ビールと並ぶ市民権を得ています。

土居 最近の学生はハイボールで乾杯をしますね。人気の秘訣は割って飲めること。アルコールを薄められるのでお酒が強くない学生にとっても飲みやすいのでしょう。

そういう飲み方ができるお酒と言えば、かつては酎ハイでした。実は国内のウイスキー消費量が減り始めたきっかけの1つが、酎ハイブームだと言われています。蒸溜酒同士の競合というのが皮肉ですが、ビールやワインがウイスキーの消費量を奪ったわけではないというのは、不思議な歴史のめぐり合わせですね。

笹川 飲食業界でもウイスキーは"難しいお酒"という印象があったように思います。昔はバーに行かないと飲めない敷居の高いものだったし、食事には合いにくいとも言われていました。そのイメージをハイボールが変えたことで一気に裾野が広がったのでしょうね。

土居 私の学生時代、ハイボールは飲み放題のメニューに入っていませんでした。ワインの輸入関税も高く、学生が飲むものと言えば大体ビールと日本酒でした。だから、37歳で飲み始めたのは割と遅いウイスキーデビューだと思うんです。

山田 僕もウイスキーが好きになったのは40代に入ってからです。昔はお酒が強くないこともあって、カクテルのような飲みやすいお酒を飲んでいました。

笹川 僕もお酒は強くありませんが、なぜかウイスキーだけは飲めました。ワインやシャンパン、日本酒はダウンしてしまうのに、ウイスキーだけは何杯でも飲めた。

土居 どうやって飲んでいたのですか?

笹川 水割りかハイボールです。ウイスキーを楽しく飲めたのも、僕がウイスキー造りを始めたきっかけの1つです。

山田 僕がウイスキーを飲めるようになったのは、落ち着いて味わえるようになったからです。お酒を飲むのも体力が要るじゃないですか。だんだんとお酒に強くなっていくうちに、ラムやジンとともにウイスキーにもはまっていきました。

土居 私は蒸溜所見学がきっかけで最初から〈山崎〉でした。今の高騰ぶりが想像もつかないほど値段もまだ安く手に入りやすかったので、ボトルで買って味わっていました。

そのうち、今度は山梨にある〈白州〉の蒸溜所見学にも誘っていただき、〈白州〉を飲むようになりました。私にとって〈山崎〉は非の打ちどころがない優等生タイプで、〈白州〉はハイボールに合うさわやかな二枚目というイメージです。

ですが、次第にブームが極まり、12年ものが店頭に出なくなってしまった。これは困ったと思った時に、サントリー〈オールド〉に出会いました。それ以来、家では〈オールド〉を飲んでいます。

ソーダ割は気軽に飲みたい

笹川 バーを経営されている方はお仕事でたくさんウイスキーが買えるのでうらやましいです。

山田 確かにお店では毎週のように新しいウイスキーに出会えます。だけど、ジャパニーズウイスキーは高騰しているので自分で買っていたらきりがない。今はノンヴィン(熟成期間表示のないノンヴィンテージのこと)ですら普通に買えなくなってしまいました。

土居 昔が懐かしい(笑)。かつては日系航空会社の国際線に乗ると、〈山崎〉か〈白州〉か〈響〉が飲めました。最近また復活しつつありますが、価格が高騰したことでまったく置かれなくなった時期もありました。サーブできる値段ではなくなって、航空会社もメニューから外さざるを得なかったのでしょうね。

山田 笹川さんも蒸溜所の経費でどんなウイスキーでも買えるのではないですか?

笹川 職業柄、調査はします(笑)。でも、なるべくバーで飲むことにして、よほど気に入ったものを買うという感じです。

以前は、年代物ではないニューボトルでもサントリー、ニッカ、キリンの3強でしたが、最近はイチローズや厚岸(あっけし)ウイスキー、静岡ウイスキーが人気です。国内のメーカーは計画中のものも含めると150社ほどあり、人気の蒸溜所はニューボトルも手に入らなくなっています。高騰ぶりはすさまじく、スコットランド産の〈マッカラン〉や〈ボウモア〉、〈ラフロイグ〉は1990年以前のレアボトルが高額でオークションに出るほどです。

山田 そういうのをハーフショットで飲ませてくれるバーがいいですよね。

笹川 老舗のバーにはストックがありますが、ウイスキーブームに乗ってオープンした新しめのバーには滅多にありませんね。

土居 ストックのあるお店の情報は、どのように仕入れるのですか?

笹川 お酒仲間から「ここがすごいよ」といった評判を聞きます。

山田 都心を少し離れると安く飲ませてくれるバーがありますが、都内のバーのレアウイスキーは高いですね。さらにジャパニーズウイスキーが希少になったことで、〈白州〉や〈山崎〉の水割りやソーダ割りは気軽に飲めなくなってしまいました。何だか申し訳ない気持ちになる。

土居 ウイスキーが安かった頃は割り放題でしたが、今はとくにそうなっていますね。

笹川 そうは言っても、僕は水割りもソーダ割りも美味しいと思うし、蒸溜所をやっておいて何ですが、ハイボールが一番好き。古典的なウイスキーファンの間には、常温ストレートで飲まなければいけない、みたいなこだわりがありますが、一方でソーダでしか出せない香りがあると思うんです。

山田 わかります。香ってくるよね。僕が一番好きな飲み方は氷が少し溶けたロック。(ウイスキーと水が同量になる)トワイスアップくらいの冷えている状態で飲むのが美味しい。

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