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【三人閑談】
和室の手ざわり

2025/10/15

「畳って何が良いの?」

久保木 私も文化を言葉で伝えることに強い関心があります。というのも5年前、畳を世界に広めようと米国に行った時にすごく悔しい思いをしたからです。

現地で飛び込み営業をして回ったのですが、「畳って何が良いの?」と訊かれても「何となく落ち着くんです」とったことしか言えず、困り果てました。でもそれは英語の壁ではなく、自分の中でしっかり伝えられる言葉を持っていなかったからだったのです。日本語で説明できないのに外国で伝わるはずがないと痛感しました。

保科 貴重な経験でしたね。

久保木 この経験を糧に、田んぼに入って材料を観察したり、香りの成分を学んだりするようになりました。「これこそが畳の魅力である」というものをしっかりと伝える必要があると思ったのです。そうして昨年、銀座にショールームをオープンしましたが、インバウンドの方々だけでなく、日本文化の再発見をしてくれる日本のお客様がいることを知りました。

保科 「外国人には新発見、日本人には再発見」というのが、私の最近のキャッチコピーです。

久保木 まさにそのとおり。

松井 久保木畳店の社員さんたちとは、伝統や日本文化を守ろうといった話をされますか?

久保木 そうですね。文化を守りたいという意識はありますが、伝統だけでは畳が欲しいと思ってもらえるわけではありません。畳の価値をどう伝えるか、という話はします。

松井 例えば、保育園に畳を敷く、というアイデアはいかがでしょう。お昼寝をするのにとても良いと思うのです。古民家を保育園として利用している施設も随分あります。

久保木 いいですね。福島県須賀川市に、久保木畳店の工場だった建物を改修して、2023年に畳ビレッジという体験型複合施設をオープンしました。そこでは子ども向けイベントも開催しているのですが、子育てをしているご家族に畳はとても評判がよいのです。

松井 お子さんも安全ですしね。

久保木 畳ビレッジのカフェには、縁側をイメージした腰掛けがあります。小さなお子さんを連れたお母さん同士が、畳に赤ちゃんを寝かせながらお茶をしたりしています。畳表でコースターも作ってみました。

保科 いいですね!

久保木 畳を使っていろいろな実験もしています。カフェの腰掛けには一般的な六尺三尺の形ではない、幾何学的なパターンの畳も作りました。

松井 斬新ですね。簡単に作れるものなのでしょうか。

久保木 簡単ではないですね。腰掛の形状にぴったり合わせて作るのが大変でした。

保科 特注ですものね。そう考えると一畳のサイズ感が、日本人の寸法感覚の基準になっているとわかります。六尺三尺で製作するのが工程としてはやはり合理的?

久保木 そうですね。尺寸法が基本なので、道具も約30センチの倍数でできています。

畳の上でヨガ?

久保木 実は今、日本全体でイグサの生産量が減っています。国内の畳表の供給量はこの20年間で72%減少しました。イグサ生産の95%以上が熊本県で、かつては広島や岡山も主要な産地でしたが、生産者も年々減っています。イグサ農家の数は2年前に300軒を下回り、昨年260軒、今年は220軒となりました。これを何とか食い止めたいと考えています。

保科 それ以外は輸入ですか?

久保木 おもに中国産です。畳業界の課題は価格競争ばかりに行き過ぎていることです。良い畳があまり出回っていません。

プラスチックや化学繊維などを使って安くしようとすると、当然品質が下がります。畳の品質とは何かというと、1つは耐久性。細いイグサは摩擦に弱く、すぐにすり減ってささくれになってしまいます。そういう製品を使ってしまうと畳そのものが嫌になり、和室離れが進むという悪循環に陥ります。

保科 逆に国産のイグサは希少性が高いとも言えますよね。畳の空間がラグジュアリーなものに思えてきます。日常の中で畳の質感を楽しめるのは豊かなことかもしれません。

久保木 そうですね。畳業界でよく話すのは、お客様に畳を欲しいと思ってもらうためにはどのように価値を提供すればよいか、ということです。しかし、畳の存在が当たり前すぎて、ラグジュアリーなものになるとは思ってもみませんでした。

松井 足の裏の肌触りなども、畳だからこそ味わえるものですよね。畳には調湿効果もありますし、私が以前、民家の再生を手がけたお宅は、お子さんのために和室をピアノ部屋としてお使いでした。落ち着くそうです。

久保木 畳には防音効果もありますからね。

保科 私ももっと敷居なくお茶を楽しんでもらうために、和室でヨガをやっていただいた後にお点前をさし上げる、というのをやりました。

松井 畳の上でヨガ?

保科 ヨガウェアのまま茶室に入っていただき、私がお点前でおもてなしをしました。お着物を着たり、作法を覚えたりといったところで遠慮される方が多いので、そういうルールを取り除き、プラスの体験だけを取り出したいと考えたのです。日本人にとっては古くて新しい、外国の方にとっては日本らしいウェルネスを感じていただき、とても好評でした。

久保木 ヨガの後にお茶席とは……とてもリラックスできそうです。ウェルネスは和室の魅力を語るうえで重要なキーワードですね。

実は、イグサにリラックスできる効果があるとされるのは、バニリンというバニラエッセンスの成分が含まれているからです。さらに、フィトンチッドという森林成分も多く含まれており、森林浴をした時に得られるリラックス効果があります。収穫したばかりのイグサはとても青々としており、視覚的にも心が安らぐのではと思います。

畳を長持ちさせるには

保科 畳を長持ちさせるメンテナンスのコツなどはあるのでしょうか?

久保木 耐久性は素材の品質に左右される部分が大きいのですが、やはりこまめに掃除をしていただくのが一番です。私たちも新しい畳を納める時に「掃除機は畳の目に沿ってかけてください」とか、「飲み物をこぼした時ら濡れた布で叩いて汚れを落としてください」とお伝えします。

よく水拭きするといい、と思われる方もいますが、実は水を与えすぎると腐ってしまう原因にもなります。それよりもから拭きで目に沿って拭いたほうがきれいな光沢が出ます。

松井 イグサは呼吸していますものね。

久保木 そうですね。水よりも人の脂分のほうが畳には良かったりします。

松井 そういう意味では、柱や土壁もそうですね。和室の素材は呼吸しています。良い柱は使っているうちに色合いが増し風格が出てきます。

保科 そうですよね。赤坂にある大橋茶寮茶室の床柱は、師匠の頭の位置が黒く光っています。長年使ううちに、鬢付け油によってピカピカになったのです。それも味ですよね。

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