【三人閑談】
プラネタリウムを見上げて
2025/07/25
プラネタリウム大国日本
松本 仙台市は高校生の合宿も受け入れていますね。以前は国立天文台に宿泊でき、教育用の50センチ天体望遠鏡で高校生が観測・研究を行っていました。その後、仙台市天文台が引き継ぎ、大学院生が指導しながら、仙台市天文台の望遠鏡を使って泊まり込みで発表資料を作る、といった取り組みが続けられています。
井上 「君天(君が天文学者になる3日間・4日間)」ですね。
松本 今は「もし天(もし君が杜の都で天文学者になったら)」という名前になっています。イベントの運営は本当に大変だと思います。天文台職員の方々の情熱を感じます。
こうした活動の甲斐あってか、宇宙や天文を志す若い人たちは増えているように感じます。
五藤 慶應高校にも宇宙関係や天文に関わる仕事をしている卒業生が大勢います。最近同窓会誌で特集を組むために調べたところ、「こんなにいるのか」とびっくりしました。
松本 若い人たちの間で天文への関心が高まっているのは、はやぶさブームも大きいかもしれません。天文と宇宙開発の両方に興味をもつ子ども向けに、各地で体験イベントが行われています。プラネタリウムの入館者数も増えているのではないですか?
井上 国内の総計では数百万人以上の来館者があります。プラネタリウム100周年の記念イベントも日本プラネタリウム協議会が呼びかけ、この2年ほどの間に各地で公認企画が行われました。その参加者だけでも100万人を超えています。
松本 すごい人数ですね。日本はプラネタリウム密度が世界一とも言われます。
五藤 施設数は米国のほうが多いのですが、単位面積当たりの密度では日本が一番です。ちなみに米国は、州ごとに大きな科学施設があるのですが、アクセスが大変なので、ほとんどの高校やカレッジがプラネタリウムを持っています。米国にプラネタリウムが多いのはそういう事情もあります。
プラネタリウムで宇宙飛行訓練
松本 全国のカールツァイス・プラネタリウムを巡るスタンプラリーなんて企画もありましたよね。
井上 プラネタリウム生誕90周年を迎えた2013年に、「全国カールツァイス、プラネタリウム巡り」を開催しました。明石市立天文科学館を含む国内のカールツァイス社製プラネタリウム7施設9機をすべて巡ろうという企画でした。
五藤 現役で活躍しているカールツァイス社製の装置は今、国内にどれくらいありますか。
井上 古い機械で現役なのは明石だけですね。大阪、渋谷にあったものは引退しました。旭川市や高松市、名古屋市、宗像市には、新しい機械が設置されています。
五藤 レンズ投影式は天体の動きがメカニカルに再現されていますからね。文化財としても貴重でしょう。
井上 プラネタリウムの装置は無駄がなく、見た目の美しさがあります。明石にも機械を見るために来られる方がおられます。
五藤 最近の機械はどんどん小型化していますが、明石の装置はとりわけシンボリックに空間の中心を占領していて、大きさにも圧倒されます。
井上 実はツァイス巡りイベントの後、国内の珍しいプラネタリウムを「プラ『レア』リウム」と呼び、「全国プラ『レア』リウム33箇所巡り」というイベントもやっています。北海道から沖縄までの施設を3年間で巡る企画で、50人の方が踏破しました。イベント期間の終盤には、当時国立天文台副台長だった渡部潤一先生もご夫婦でいらして、「全部回ってきたよ」と。
五藤 さすがの行動力ですね。
井上 天文学や宇宙開発の分野は、プラネタリウムに特別な思いを持っている方が大勢います。最近もプラネタリウム100周年にちなんだオンラインの国際イベントが開かれた際に、日本から渡部先生と、はやぶさ開発者のJAXAの吉川真先生、宇宙飛行士の山崎直子さんがメッセージを寄せてくださいました。
山崎さんは、NASAでは宇宙飛行士の訓練に、プラネタリウムを使うという、面白い話をしてくれました。宇宙船が航行中にシステムが壊れると、宇宙飛行士は窓から星を見て宇宙船の向きを把握するのだとか。山崎さんはその訓練が楽しかったと言うのですが、実は彼女が乗ったスペースシャトルは宇宙ステーションにドッキングする前に、本当にシステムが故障したらしい。
プラネタリウムでの訓練がこの時役に立ったということで、ご本人は良い思い出になっていると言うのですが、すごい話だなと思いました。
松本 スペースシャトルも壊れるのですね。
井上 そんな山崎さんも松戸のプラネタリウムで育ちました。プラネタリウムは本当にいろいろな広がりがあります。子どもたちが天文学に触れる最初の場所として、私たちも一層可能性を探求していきたいと思います。
(2025年5月19日、慶應義塾高等学校プラネタリウム室にて収録)
※所属・職名等は本誌発刊当時のものです。
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