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【三人閑談】
プラネタリウムを見上げて

2025/07/25

プラネタリウムのある学校

五藤 かつては国内各地にプラネタリウムのある学校がありましたが、今はだいぶ減っているのでしょうか。

井上 そうかもしれません。明石に近い神戸女学院中学部・高等学部には五藤光学研究所製のE-5型があります。今では珍しいピンホール式ですが、まだまだ現役です。

五藤 ピンホール式はかつてたくさん作られたので今も残っていれば結構な数になるかもしれません。交換用の電球が見つからないのが難点ですが。

松本 ピンホール式が多く作られた時代があったのですね。

井上 安価に作れる利点があるのです。

五藤 慶應高校のプラネタリウムは一般的なレンズ投影式で、装置の内部に光源や原板、レンズが入っており、レンズを使って光を集光し明るい像を映す仕組みです。ピンホール式は球体に穴をあけ、その大きさで1等星、2等星、3等星を区別します。シンプルな作りである分、星のシャープさはレンズ投影式に劣りますが。

井上 天文普及家として知られる金子功さん(1918-2009)が1950年代に発明した「金子式ピンホール」が、神戸北高校に現役で残っています。導入に関わられた方によると、本当は五藤光学研究所製を買いたかったとか。予算の都合でピンホール式が導入された学校は多かったのかもしれません。

実感を形にする技術

松本 慶應高校のプラネタリウムは年2回メンテナンスしており、50年以上経った今もまだまだ現役です。

井上 光学式の投影機は触ったらこう動くという、ダイレクトな感じがいいですよね。

五藤 実は最近、ドームの真ん中に光学式投影機を置かず、ビデオプロジェクターだけで投射する施設も増えてきています。また、自発光式のLEDスクリーンは、解像度が高く鮮明ですが、高価になります。米国では数千億円かけて自発光のスフィア(球体式ドーム)も作られています。

一方で、自発光式はスクリーンの光が乱反射する難点もある。巨大なテレビを見ている感じに近く、ドーム内が明るいのです。夜空で星を見ている感じにはならない。

井上 人間の視覚は暗がりの中でもわずかな階調の差を感じ取れるほど繊細です。投影型プラネタリウムのある場所はこれから貴重な空間になっていくのでしょうか。

五藤 人間の目のすごさは私たちも日々実感しています。プラネタリウムメーカーとしては、常にリアリティのある星空を目指しており、人間の目がすごいからこそ私たちもここまでやらなきゃいかんという気持ちで開発を続けているのですが。

松本 星図をリアルに近づけるためにはどのような試行錯誤があるのですか。

五藤 夜空を見上げてもはっきりとは見えないけれど、「目がそれを見ている」と感じるものがあります。そういう微妙な差は日本の夜空だと感じとりにくいのですが、私の経験ではハワイの山の上やチリなどに行くとわかります。真っ暗なドームの中の「なんとなく感じられる黒の濃淡」程度の違いも、プラネタリウムの開発メンバーは表現しようと格闘しています。

井上 実際の感覚をどのように生かすか、というのは大切ですよね。昨年、ベルリンでついに最初の投影機となったツァイスI型を見ることができました。意外だったのは投影された太陽と月がすごく小さかったことです。

地上から見える寸法に忠実に作られているからなのですが、それでは物足りないんです。今のプラネタリウムは太陽や月を少し大きく映していますよね。

松本 相当大きいと思います。

井上 でもそのほうが心象風景としてはしっくりくる。こうした科学的な裏付けと人間の感覚との間でせめぎ合う工夫が、プラネタリウム開発の醍醐味なのでしょうね。

プラネタリウムはスペクトルのデータや測定コードに合わせれば作れると思いがちですが、実際に映すとどうも違う。この違いは、人がそれぞれに持っている実際の体験があるし、一般の人とベテランとでも感じ方が違います。

五藤 天の川の作り込みが特に難しいのです。皆が「自分の中の天の川」を持っており、社内でも侃侃諤諤。方向性がなかなか決まりません。

松本 天の川はどのようなことが議論になりますか?

五藤 場所ごとに見え方が違います。日本でも山間部に行くと天の川が見えますが、この見え方は周りの雰囲気との同化の仕方と相俟って印象がさまざまです。その「印象」を皆で方向づけていく時に議論になりますね。

プラネタリウムは歴史的な発明

井上 そもそも天体の動きをドームで表現するという発想が天才的です。実際の夜空を見てもドームには見えないのに、星の動きは弧を描いているように見えるわけですから。

天球の概念は古代ギリシア時代に成立したとされますが、星空をプラネタリウムのようなものに見立て、天体がその中を動くという理解の仕方には、大変な知識の裏付けを感じます。それを体験できるプラネタリウムは重要な装置です。

松本 それほど大きな発明だったのですね。

井上 天球のおかげで人間は宇宙を理解できるようになったわけですから。"天球ベリーマッチ"と言いたいですよね。

松本 良い言葉をいただきました(笑)。

井上 それはともかく(笑)、プラネタリウムの発明の重要な点は、星を映す機械であることとドームであることだと思うのです。

五藤 シカゴのアドラー・プラネタリウムには、1913年に作られたアトウッド・プラネタリウムが展示されていますが、これは巨大な球体の中に人間が入り、球体に穿たれた穴からの光で天体の動きを見るという仕組みでした。球体そのものが回転して日周の動きがわかるようになっており、現代のプラネタリウムの原形とも言えますが、当初は人気を博したものの、投影式プラネタリウムの登場であっという間に人気がなくなりました。現在は天文学の歴史的な技術と認められ、整備された後に展示されることとなりました。

ところで現在開催中の大阪・関西万博では、紀元2世紀に作られたとされるファルネーゼの天球儀(アトラス)がイタリア館で展示されていますね。これははるか昔、球体の外側に天体を描いたものです。

五藤 約2000年前に球体の外側に描いていたものを、球体の中から眺める発想に転換したのですからすごいことですよね。

井上 さらに球体内部の中央に星を映す機械を置くことで、球体ではなく装置を回すだけで天体の動きが表現できるという、このブレイクスルーもまたすごい。

松本 井上さんは早速万博でファルネーゼのアトラスをご覧になったそうですね。

井上 一生に一度は見たいと思っていましたのですぐに行きました。ファルネーゼの天球が天文学の発展にともなって現代のプラネタリウムとなり、それが今、日本の津々浦々に広まっているのは本当に素晴らしいことです。

この歴史にはもちろん天文学の大衆化に貢献された五藤齊三さんがいます。各地のプラネタリウムを訪れると、齊三さんの願いが実現しているのを実感します。

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