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【三人閑談】
プラネタリウムを見上げて

2025/07/25

熟睡できるプラネタリウム

五藤 今やプラネタリウムは星空を鑑賞するだけの道具ではなくなっていますよね。

井上 どんどん多様化しています。

五藤 最近はカップル向けにヒーリングの番組を上映している施設もあり、お客さんも映画館に行く感覚で訪れます。マタニティの方に音楽を聴きながら星を見てもらうイベントもあれば、アカデミックな解説を聞ける専門的な企画もある。井上さんが手がけられた「熟睡プラ寝たリウム」は素晴らしいと思いました。

井上 プラネタリウムは本当によく眠れるようです。

五藤 真っ暗な空間でリクライニングシートにもたれると眠くなる、という声はたくさん聞きます。明石市立天文科学館の企画はそれを逆手に取った、「どうぞ寝てください」という趣向ですね。

井上 「熟睡プラ寝たリウム」は毎回反響が大きく、パジャマを着てくるやる気満々な方もいます。こっちも本気で寝かせよう、という気持ちになりますよね(笑)。

この第1回は十数年前。私が解説の中で「普段は話せないような込み入った話をしますので、きっと皆さんは退屈で寝てしまうはず」とあえて前置きしてみたことに遡ります。この時に「話が面白くて眠れなかった」という方もいれば、「本当によく眠れた」という方もいました。

やってみてわかったのは、眠るかどうかは結局、主役であるお客さんが決めるということです。プラネタリウムには専門的な話を聞きたいという需要もあるし、寝ているお客さんも会場の雰囲気づくりには貢献している。眠らずに聞いた人にも「徹夜した」という満足感もあるようです(笑)。

五藤 リラックス効果の需要があったのですね。この企画は全国に広まりました。

井上 年々増えて今では毎年70カ所で行われています。都会の明るいところで生活している人間にとって、真っ暗な空間で星を見てまどろむのは貴重な時間なのでしょう。プラネタリウムは人工的な空間のようで、実はとても自然な場所である気がします。

では、どれくらいリラックスできるのか調べようということで、お客さんに協力してもらい、大学の先生と共同で上映前後の脈拍を測ってみました。予想どおり、リラックスできる効果が確認できたのですが、私も被験者として解説する前後で測定してもらったところ、非常に疲れているという結果が出ました。一生懸命しゃべっていたのでしょうね(笑)。

五藤 あるプラネタリウムでは園児の子たちが賑やかにしてもOKなイベントが行われました。プラネタリウムのような場所は普通静かにしなくてはならないのですが、この時は「どうぞ騒いでください」と。

井上 明石でもベビープラネタリウムをやっていて、赤ちゃんたちはいくらでも泣いてよいことになっています。このイベントは小さい子がいることでプラネタリウムにはなかなか行けない若いご夫婦の評判がよく、私たちもこういう場所があってよかったと思って帰ってもらえるような上映メニューを考えました。そこで出会った人たち同士で交流も生まれたりして、ベビープラネタリウムの後は毎回とても良い雰囲気です。

明石市立天文科学館の震災復興

五藤 明石市立天文科学館は充実した施設が有名ですね。全国からたくさんのお客さんが集まってくると思いますが、もともと明石を通っている135度子午線の関連施設としてオープンしたのですよね。プラネタリウムも最初からあったのでしょうか。

井上 子午線標識は戦前から立っており、プラネタリウムも1960年のオープン時からあります。阪神淡路大震災の震源が建物の直下にあり、建物がほぼ崩壊したのですが、プラネタリウムは奇跡的に無事でした。

私が科学館に入ったのは震災から2年後の1997年。当時はまだ工事休館中でしたが、プラネタリウムの装置は動かさなければさび付いてしまうので、電気を灯して動かす作業を先輩がずっとやっていました。

1998年のリニューアルオープンが私のプラネタリウム解説者デビューでした。超満員のお客さんの期待感にあふれかえる中でした。

五藤 大変なプレッシャーだったでしょう。

井上 緊張のあまりに手が震え、日が沈む途中で誤ってスイッチを押し、地平上のだいぶ上で太陽を消してしまったのを鮮明に覚えています。参加してくださった皆さんにとっては待ち望んでいた瞬間であり、終わった後に割れんばかりの拍手が起こりました。

こうした施設は、震災直後は役に立つ場面は少ないのですが、復興の段階では大きな心の支えになるのを実感しました。皆さんがプラネタリウムの星の光を復興の象徴と受けとめてくれているのを感じました。

五藤 仙台市天文台でも東日本大震災の翌年にプラネタリウム番組「星空とともに」が制作されました。今でも3月11日になると全国のプラネタリウムで上映されています。

井上 プラネタリウムは平和な状態だからこそ鑑賞できるものですが、何かあった時には前に向かっていく大きな力にもなる場所ですね。

プラネタリウムを支える人々

五藤 プラネタリウムは今、学校では実際の操作を通して生きた知識を学べますし、公共の施設でも番組の上映を通して天体への理解が深められる。井上さんのように解説者が自ら操作して情報を伝える施設もたくさんあり、実に多様化していますね。中には、この人の解説が聞きたくて行くというリピーターの方も大勢いるのではないでしょうか。

井上 そういう方々に支えられています。

五藤 解説者それぞれに味があるのもプラネタリウムの楽しみですね。仙台市天文台ではこの4月に、50年間解説を担当されてきた高橋博子さんの最後の上映が行われました。

井上 私も駆けつけました。高橋さんは仙台市天文台が現在の場所に移る前、仙台市内の西公園にあった頃から長年解説を担当されてきた方です。

五藤 この日は日本中からファンが集まりましたね。

井上 仙台市天文台も素晴らしい歴史があります。初代台長を務めた加藤愛雄さんと2代目を務めた小坂由須人さんの影響は大きく、小坂さんは東北地方の天文家にとって先生のような存在でしょう。私も今、明石市立天文科学館館長として小坂さんの偉大さを感じています。

五藤 小坂さんが台長になるまであれほどオープンな天文台はありませんでした。若い人たちに「機械にもっと触りなさい」と呼びかけ、プラネタリウムを"鑑賞する場所"から"使う場所"に変えてしまいました。

仙台市天文台の7代目台長を務め、現在は名誉台長の土佐誠さんも、小坂さんに誘われて天文学の道に入った一人です。土佐さんも天文台が現在の場所に移転してからずっと「トワイライトサロン」という講演を続けています。通算で800回を超えるほど長い間続けておられます。

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