【三人閑談】
タオル進化論
2025/05/26
オーガニックなものづくりの世界
阿部 内野さんは素材を見に産地に行かれたりしていますか。
内野 行けていないのです。気候を肌で感じたいと思うのですが。
阿部 例えば、レストランでは作りたいメニューごとに生産者のもとに足を運んで個々に仕入れるタイプと、特定の生産者と組んで一蓮托生でお付き合いするタイプがありますよね。イケウチオーガニックは後者なので、糸のバリエーションがとても狭いのです。140番手の糸なんて仕入れようもなく、最も細くて60番手が限度なのです。
さらに、オーガニックにこだわって生産者の方々と一緒にものづくりをすると、糸の性格も年ごとに違ってきます。それでも毎年同じ量を買い続ければ事業としては継続できる。私たちが行っているのは、そういうタオルづくりなのです。
内野 なるほど。
阿部 持続可能な関係であればトレーサビリティも可能です。もちろん140番手の糸に興味はあるのですが、私たちがそれを追求するのは難しく、環境に配慮するからこそできることに力を入れています。
金野 140番手は糸を見たら織ろうという気がなくなりますよ(笑)。
阿部 そうでしょうね(笑)。オーガニックの綿糸では60番手でも簡単ではないのですから。
金野 紡績(綿を糸にする工程)はどこで行っているのでしょうか。
阿部 タンザニアです。オーガニックな製品を扱うには、紡績の工程も含めて認証を受けなければならず、オーガニック専用の生産ラインを持っている工場と組むことになります。
金野 GOTS認証(Global Organic Textile Standard)ですね。
阿部 そうです。制度の縛りは厳しいのですが、生産者や工場の方々と直接つながっているので、リアリティはあるし、ほっこりしながらものづくりができています。
ちなみに、トレーサビリティや認証の観点で言うと、タオルは様々な工程があるので、認証を取ろうとすると関係するすべての会社が関わってきます。さらに、うちで使う糸の種類は認証との兼ね合いで基本的に1つなので、大きなメーカーと違い、短納期・大ロットの注文は対応できないものもあります。どちらが良いかという話ではなく、こうした違いは大きいと思っています。
金野 農場に綿の品種を替えてほしいと言っても難しい。そういうものづくりということですね。
阿部 そうです。綿栽培は基本的にお任せで、私たちは今年も洪水被害がなくちゃんと採れますようにとお願いをするくらいです(笑)。
金野 農場もタンザニアですか。
阿部 そうです。以前はインドの綿でしたが、肥料や農薬を使う「慣行農業」とオーガニックが隣り合う状況もあり、コンタミネーション(不純物の混入)の問題によってオーガニックの認証が取れなくなってしまいました。他にもシリアが良質な綿の産地でしたが、内戦によってそれどころではなくなり、産地が次第に限られていっています。
環境価値を正しく理解する
内野 贈答文化が落ち着いて、今は各家庭でタオルが余っているという声も聞かれる中で、私たちのショップではタオル回収ボックスを設置し、不要のタオルをお引き受けするサービスを始めました。
阿部 回収されたタオルは再利用するのですか?
内野 リユースとリサイクルをします。リユース品は支援活動を行う団体や子ども食堂への寄付に利用されるほか、災害復興支援活動にも活用されています。
リサイクルは一度糸に戻し、再びタオルとして作り直します。
金野 糸に戻す工程は海外で行うのでしょうか。
内野 そうです。輸送コストを含めても国内でやるより安価でできます。再びタオルにする際には、新しい糸と織り合わせて付加価値をつけます。
阿部 こうした製品にお客さんが何を求めるかですよね。
内野 おっしゃるとおりです。
阿部 私たちもオーガニックな素材を扱っているとお客様からよく訊かれます。「オーガニックは値段が高いけどどこがいいの」と。オーガニックは環境価値なので、普通の綿と比べてどれほどアドバンテージがあるかというのはかなり難しい問いです。
柔らかさや風合いは糸の太さや撚り回数の話なのでオーガニックであることとは関係がありません。私たちもそう言うしかありませんでした。ですが、10年ほど前には「メリットが感じられない物にお金を払えない」と言われていたのに、今はそういう反応は非常に少なくなりました。
内野 そうなんですね!
阿部 お客様の意識は確実に変わってきています。メリットの有無で判断されていたものが、今では、これ(従来製品)を使い続けたらどうなるのかというところまで考えるお客様がいますから。
金野 それは本当にすごいことだと思います。
内野 これまではよく「オーガニックコットンを使っているから安心」と言われていました。その安心は、食品のオーガニックと綿製品のオーガニックを混同することで生じた誤解でした。それが正しく理解されるようになったのは、イケウチオーガニックの皆さんが誠実に説明された成果だと思います。
阿部 有り難うございます。確かにオーガニックの黎明期は、安心安全や長持ちするといった幻想が根強く、そこにフォーカスをしないとマーケティングが成立しない事情もあったと思います。ですが、それでは柔軟剤と同じく「ふわふわになるけれど弊害はある」の弊害の部分は隠されてしまう。その部分を地道に説明し続けないと駄目だと思ったのです。
オーガニックの品質は良いのか
内野 食品と綿では安全安心の捉え方がまったく異なります。それを理解してもらうのは本当に難しいことだと思います。
阿部 綿栽培に使われる農薬は体内に入るものではないので、ユーザーにとって直ちに健康被害があるわけではありません。しかし、そこが混同されたことで、オーガニックじゃない綿は危ないと言われました。黎明期は混同される方が大勢いたのです。
金野 オーガニックについて誤った認識を持つ方が阿部さんのところに来なくなったのはすごいことです。他方で、うちにも「オーガニックコットンで作ってほしい」と言う人がいて、「どうしてオーガニックなのですか」と訊くと「だって良い物でしょ?」と言われる。理解が追いついていない人もまだ多いのが実際のところかもしれません。
阿部 品質の良し悪しで言うと、オーガニックは決して良いほうではないですよね。
金野 農薬を入れて管理しながら育てたもののほうが品質は良いはずですよね。オーガニックコットンは農薬を使っていないから品質にも限界がある。生産者のことを考えれば、農薬の被害がなくなるので、彼らにとっては確かに良いものですが、使う側にとって大きな違いはありません。
阿部 そのとおりです。
金野 反対に農薬を使う場合でも、きちんと後処理している製品もあります。加工できちんと洗い落とされるので危険ではありません。
逆に無農薬で栽培しても後処理で人体に良くない化学系の薬品を使ってしまったら問題です。どっちが安全かと言うより、きちんと管理されているかが大切でしょう。
カテゴリ | |
---|---|
三田評論のコーナー |