【三人閑談】
タオル進化論
2025/05/26
タオルが最も売れる季節
阿部 湿度が高い日本では、タオルハンカチが夏場の必需品ですね。都市部は徒歩移動が多いのでなおさらです。一方で地方都市のようなクルマ社会では、それほど重宝されなかったりして、その点は米国も似ているのかなと。
金野 米国の人たちはポケットにあまり物を入れませんしね。
阿部 外気温が34、5度になると蒸し風呂状態になる日本と比べて、米国は気温が高くても湿度30、40%でカラッとしている。気候の違いも大きいように思います。
内野 タオルは夏によく使うイメージがありますが、うちは1年のうち、12月が最も動きます。
阿部 うちも12月です。
内野 大体年末ですよね。1年に一度、大片づけの時期に取り替えるご家庭が多いのかなと推測しています。
金野 昔は夏場こそタオルが売れると言われましたが、夏よりも年末のほうが動きますね。年末以外では新生活が始まる3月。
12月に動くもう1つの理由には、ふるさと納税の控除申請が締め切られるタイミングもあるかもしれませんよ。実は、大阪の泉佐野市は、特産品の泉州タオルが返礼品になっており、納税額上位の人気商品です。
阿部 泉佐野市は断トツですもんね。今治市もこれに刺激を受けて、一昨年にタオルを返礼品として力を入れていくことになりました。泉州タオルにはなかなか及びませんが。
日本人はなぜタオルを贈るか
内野 ところで、日本にはタオルを贈答品にする独特の文化がありますよね。
阿部 米国の住宅は部屋数が多いので、タオルはまとめ買いするのが普通なのでしょうね。日本の家庭では小ぶりのタオルを普段使いにするのも、大ぶりのタオルがギフトになる理由だと思います。
金野 日本でタオルをまとめ買いすることはほとんどないですね。たくさんあっても置く場所に困るのでしょう。
阿部 向こうの人たちの買い方は本当にすごいですよ。皆、同じものを5枚以上買っていく。住宅事情の違いを実感します。
内野 欧米ではタオルがインテリアの一要素になっています。色を統一するようなこだわりも強い。プライベート空間は家族にとって秘密の場所なので、むしろ贈答は嫌がられる傾向があります。
自分好みのインテリアにしたい時に、他人のセレクトが入り込むのを避けたがる心境はよくわかります。
阿部 好みじゃない物を贈られてもね。
内野 日本の贈答文化は、かつてタオルが高級品だったことによるのでしょう。一般家庭ではまだタオルに馴染みがなかった頃に、珍しいものとして贈り合う文化が広がったのではと推測しています。
阿部 確かに織物の歴史の中でタオルはとても日が浅い。タオルの歴史は、今治では今年131年目です。
金野 日本のタオルの歴史は、140年くらい前までは遡れると思います。私の子どもの頃もまだバスタオルが家庭に普及していない時代でした。もちろん、うちはタオル屋でしたので使い放題でしたが(笑)。
贈答文化が広がるにつれ、百貨店のタオル売り場が拡張されていきましたが、それも今は次第に小さくなっていますね。贈答需要が減る一方、今はそれぞれのショップが個別に扱うようになりました。自分用に選ぶ人が増えているのでしょう。
タオルはさまざまな商品と馴染む性質があります。バスまわりはもちろんですが、衣類品売り場にもありますし、子どもの手を拭くためにファミレスで売っていても違和感がありません。いろいろなシチュエーションにタオルが入ってきています。
阿部 一方で、内祝いやそのお返しに贈られる文化はまだ残っていますね。
金野 贈答は今や贈る方の自己表現になっていると思うのです。例えば、私はこのタオルが気に入ったからそれを知ってもらいたい、と。内祝いなどに選ばれる中にも、こうした方はおられると思います。
至高の推しタオル
内野 皆さんが一番推しているのはどんなタオルですか? 私はどうしても自社の製品になるのですが(笑)。
阿部 私も自社の製品です。イケウチオーガニックの「オーガニック120」というシリーズは、最初に触った時のインパクトはない"普通オブ普通"ですが、最初の風合いが長続きするのが特徴です。おむすびで言うと塩むすびのような一番のスタンダードです。
これを中心に、柔らかさや風合い、吸水量の異なるバリエーションを比較できるマトリクスを独自に作りました。横軸を柔らかさと硬さ、縦軸を乾きやすさと乾きにくさとし、違いが一目瞭然です。どうしてそのようなものを作ったかと言うと、これらの特徴のどれとどれがトレードオフの関係にあるかをお客様に知っていただくためです。
内野 オーガニック120はその原点に当たるタオルなのですね。
阿部 そうです。
内野 私の推しはものすごく細い100番手の糸で織った「しあわせタオル」というバスタオルです。糸は番手の数が増えるほど細いとされ、普通のタオルは20番手と言われますが、その5分の1程度の細さを実現しました。
阿部 100番手は細すぎるでしょう。とんでもないタオルなのでは。
内野 細い糸で織ることで繊細さと柔らかさと耐久性をすべて満たそうとしたのです。ふわふわさと耐久性は対極にありますが、これらを両立させつつ、タオルの機能を超えた感動を与えることに重きを置いて開発しました。随分試行錯誤した結果、税抜価格で14,000円になりましたが、当社のベストセラーです。
阿部 100番手の糸をパイル地に使ったのですか? 単糸ではないですよね?
内野 いえ、100番手の単糸です。
金野 製織が難しいでしょう。メーカーは嫌がるはず(笑)。
内野 タイの工場で製造していますが、この話を持ち込んだ当初は、糸が切れやすく効率が悪いからできないと敬遠されました。どうすれば切れずに織れるか、研究に研究を重ね、どこにもないタオルの実現にこぎつけました。
阿部 ちょっと信じがたいな……。
内野 実は、さらに細い140番手の糸でも作った製品もあるのです。
阿部 えっ。
内野 「至宝」という名前で販売しています。「しあわせタオル」以上に高価格になったので、頻繁に売れるわけではないのですが、私たちのタオルの中ではこれがベストかなと思っています。
阿部 140番手は尋常じゃないな。そんなに細い糸でも織れるのですか?
内野 機械の速度を落としてゆっくり織っています。糸は切れやすいわ、織機の回転が遅いわで、生産性が下がるので工場にはとても嫌がられました。
阿部 そうでしょう(笑)。金野さんはいかがですか?
金野 金野タオルでは実にいろいろな製品を作ってきましたが、一番良いのはサイズや重さのバランスを考えて作り上げた普段使いできるタオルです。メーカーとして良い綿糸を使って織りたい気持ちもあり、米国西海岸まで綿を見に出かけ、糸の撚りにもこだわって作った商品もありますが、やはりコストがかかります。
糸はいわば繊維の集まりなので、長い繊維を使うと撚りが甘くできますよね。短い繊維で撚りを甘くすると"毛羽落ち"が起こり、糸がやせ細っていく。だから長い繊維が必要なのです。
繊維の太さも綿によって違ってきます。細くて長い繊維を使えば細い糸ができますが、すると弾力もなくなります。逆に、繊維としては出来損ないとされる太くて長いものを使い、弾力性のある商品も作りました。このように自社の織機でいろいろなバリエーションを試した結果、これまでに作ったアイテム数は1000種類を超えました。
内野 そんなに!?
金野 それぞれに思い入れはありますが、私が好きなのはそれほど柔らかくなく、40番手クラスの糸を使い、密度を高めてしっかり仕上げた「美肌小町」という商品です。これで顔を拭くと、糸が細い分、顔の皮脂をグッと吸い取ってくれる感触があります。自宅でも使っています。
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