【三人閑談】
タオル進化論
2025/05/26
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阿部 哲也(あべ てつや)
IKEUCHI ORGANIC株式会社代表取締役
1991年慶應義塾大学文学部卒業。愛媛県今治市に本社を置くタオルメーカーの経営に携わるかたわら、タオルソムリエとしてタオルの魅力やこだわりを発信中。 -
内野 孝信(うちの たかのぶ)
内野株式会社代表取締役
2013年慶應義塾大学法学部卒業。創業78年のメーカーで祖業のタオル製造をはじめ、リラクシングウェアやベビー用品等の製造販売を手掛ける。
産地の違い=製法の違い
内野 阿部さんは「タオルソムリエ」としてどのような活動をなさっているのですか?
阿部 タオルソムリエは、タオルの生産地として知られる愛媛県今治市の資格なのです。今治には私たち機(はた)屋のようなメーカーや染色を専門にしている事業者、卸会社などがあります。販売は基本的に小売店が行いますが、私たちもお客様からタオルについて訊かれた時に、同じ言葉で説明できるようにと資格が設けられました。
金野 大阪府泉佐野市と愛媛県今治市がタオルの2大産地と言われています。どちらも綿糸を原材料にしていますが製法が違います。一言で言うと大阪は"後晒し"、今治は"先晒し"です。
「晒し」とは糸についた不純物を取り除いて漂白する工程のことで、大阪では加工する前の生糸を織機で織った後に晒すので後晒し。今治は糸を晒し、染めてから織り上げるので先晒しと呼ばれます。
阿部 つねづね産地の違いはお酒に似ていると思っていました。日本酒やワインは産地と蔵が紐付いているように、タオルも産地ごとに仕上がりが異なります。それをお客様が感じとって選んでいます。
タオルの接客で不思議なのは、お客様が皆、乾いた手でタオルを選ぶことです。実際は濡れた手を拭くために使うし、拭いた後は洗濯をしますよね。その観点から、私たちの店では洗った後の製品をお試しいただいています。
すると、それまで好みだと思い込んでいた物と、しっくりくる物が違うことも多いようです。触感をご自身の物語とセットにして評価される方もいて、一概にふわふわだけが好まれるわけではないのを実感します。
内野 良いタオルと言っても人によって好みは全然違いますね。ふわふわが好きな人もいれば、しっかりした質感が好きな人もいます。
私たちは産地に紐付いた製品づくりというよりも、どのようなタオルを作りたいかを考えてきた会社なので、吸水性の良さを大前提にしてきました。阿部さんが言うように、お客様の好みは実に千差万別。何がスタンダードか、定義するのは難しいですし、そもそも定義するものなのかとも思います。
おうち消費の先には
金野 日本人はいろいろな嗜好を持っているから、ドンピシャの製品はなかなか見つけられないでしょう。
でも皆さんはタオルにそれほど関心があるのですかね。もちろん毎朝タオルは使うけれど、特別な感情を持つことはあるのだろうかと、昔から考えています。
阿部 というと?
金野 タオルは贈答品の定番でもありますよね。これは卸しや小売りの人たちが努力してくれたおかげなのですが、その結果、「タオルはもらうもの」という意識が強くなっていきました。わざわざ買わなくても、家の中には使いきれないタオルが溢れている状態ができてしまった。
バブルが崩壊し、タオルの贈答文化が減少し、ようやく自分でタオルを選ぶ文化が生まれました。当時は節約志向が強く、安価な物が求められました。これからは本当に良いタオルを選ぶ時代になってほしいと思っています。
内野 コロナ禍のおうち消費でタオルに関心を持つ人が増えたそうで、1日の終わりに良いタオルを使うのがご褒美だという人もいます。家庭の中の物を見直す機運が高まったのは、タオル業界にとって良かったことの1つでした。
阿部 確かにコロナ禍でのおうち消費はものすごく勢いがありました。皆さん、家の中の生活をいかに豊かにするか、というところに関心が移っていきましたね。家にいる時間が長くなったことで、納得感のある物を気持ちよく使うことにシフトしていきました。
内野 ライフスタイルを見直す機運が高まったことで、お客様がその製品を使う意味も考えられるようになったように思います。ブランドのストーリーやものづくりの背景をお伝えすると、納得してお求めいただけます。それによって「こういう肌触りのタオルが欲しい」といったニーズも増えてきたように思いますが、金野さんはいかがですか。
金野 欲しい物がある方々はリクエストがはっきりしています。ですが、もう一方にはそういう要望がない方も依然としておられます。コロナ禍で日用品への意識は確かに変わりましたが、タオルに関しては衛生的な観点から「ウイルスが付いているかもしれないから捨てちゃおう」という動きもあったのではないでしょうか。
タオルに映るライフスタイル
金野 さらに、現代はライフスタイルが大きく変化した一方で、核家族化が進み、家同士の往来がほとんどなくなりました。その結果、お客さんを家に上げる機会が減り、トイレに上質なタオルを置かなくなるケースも増えたのではないかと。
内野 確かにそうですね。
金野 家のタオルは温泉旅館でもらった物でも構わないというご家庭もあります。体裁もあるので、外に持ち出す物は良い物をと考え、お金をかけるとしても、外に持って出るフェイスタオルやハンカチになる。
以前に、屋外で使う夏向きの製品として、気化熱を利用して体温を下げるタオルマフラーを開発したら、「夏にマフラー」と意外性もあり、マスコミにも取り上げられ大好評でした。汗をかいても洗濯機に放り込めるのも良かったようで、生産量が予想以上に大きく伸びました。
内野 二極化も進んでいるかもしれません。最近は若い女性の間で、顔を拭く時にタオルを使う人もいれば、使い捨てのフェイシャルタオルを使う人もいるそうです。使い捨てのフェイシャルタオル派にはタオルに菌が付着するとスキンケアに良くないという意見があり、タオル派にはふわふわの触感で拭きたいという意見があります。
時間の使い方にも現れていて、時間を節約するために洗濯が楽なものを選ぶ人もいれば、同じ1時間を豊かな時間にしたいと言って良いタオルを使う人もいます。
金野 なるほど。
内野 そういうニーズに応えるために、フェイスタオルとバスタオルの間の"スモールバスタオル"を作りました。洗濯槽の中では嵩張らず、ハンガーでも干せるサイズです。
阿部 どれくらいのサイズ感ですか。
内野 バスタオルよりも短く、幅は50センチほどです。それくらいのコンパクトさならば、洗濯で楽をしたいという単身世帯のニーズにも応えられるのではないかと。
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金野 泰之(きんの やすゆき)
金野タオル株式会社代表取締役
1986年慶應義塾大学商学部卒業。8年余の銀行勤務後、大阪府泉佐野市でタオルの製造・販売を手がける。現泉佐野商工会議所会頭。