【三人閑談】
女子プロレスの時代
2025/04/25
コロナ後の女子プロレス
三田 お客さんの歓声が響きわたる会場の一体感も観戦に足を運ぶ醍醐味ですが、コロナの時は大変でした。選手にとっても厳しい状況だったのではと思います。
雫 とても悔しい思い出があります。プロレスにはロープの外側に身体を伸ばして技から逃れるエスケープのルールがありますが、この回数を誤って多くカウントされてしまったのです。
客席は声が出せないのでお客さんも指摘できず、そのまま淡々と試合が進みました。試合後には本部からも私が規定回数の上限を超えたとされ、王座剥奪と言われてしまい……。もちろんお客さんは皆すぐに気付いていましたけれど。
柳澤 一番良くないパターンですね。
雫 ニコ生(ニコニコ生放送)が中継に入っていたので、私も「スリーエスケープは絶対にない。映像を見てください」と食い下がりました。この時はセコンドが付いておらず苦しい状況でした。
三田 私はコロナ禍の無観客試合を経験して、お客さんがいるプロレスがいかに完成されていたかを実感しました。あの時に離れてしまったファンもいるそうです。
雫 逆にネットで見られるようになったのは大きいようですが。
三田 配信が普及して「家で見られて楽」と感じる人たちもいたようですね。会場で皆で声をあげて見るのが楽しいと思う人たちは戻ってきていますが。
柳澤 でも、その文化は完全に戻っていませんよね。僕も『1985年のクラッシュ・ギャルズ』を書いたことでプロレス関係のトークイベントに呼ばれますが、一時は会場の入りが減ってノーギャラになりました。今は配信のほうがお客さんが多いそうですね。
三田 そうなんですね。
柳澤 遠方の人が配信で見てくれるようになったことにより、会場の入りが少なくても以前より多くギャラがもらえることもあります。ブル中野さんも『ぶるちゃんねる』をやっていますし、皆が配信に重きを置く理由は分かる気がする。
三田 YouTubeなどで日本の試合を見た海外のファンも増えています。新日本プロレスが毎年1月4日に東京ドームでビッグショーをやりますが、これに合わせていろいろな団体が興行を打つので、都内各地でイベントが目白押しなんですよ。年末年始は海外のプロレスファンが大勢都内に押し寄せる。
なぜか私のことも知られていて「あなたがサムライの三田さんですか!」と外国のプロレスファンに声をかけられます。「何を見に来たの?」と訊くと「今から東京女子プロレスの試合を見て、その後新木場ファーストリングに行く」と。皆滅茶苦茶くわしいです(笑)。
グローバル化する女子プロレス
柳澤 WWEと新日の関係ってディズニーとジブリに似ていますよね。ディズニーとWWEは王道で、新日本プロレスとジブリはナンバー2ですが、これらが確固たる世界のワンツーでもある。日本のプロレスはWWEに比べるとサブカルチャー的です。
三田 なるほど。日本に来る海外のレスラーはジブリ作品が大好きで、ジブリ美術館まで行く選手も多いです。日本のプロレスにはWWEとは違う良さがありますよね。
柳澤 里村明衣子選手が最近ドイツで試合をした時には、入場のコールに合わせて紙テープが舞いました。ドイツの人たちがどこで手に入れたのか分からないけど、このムーブはサブカル的だなと思いました。
三田 紙テープは日本の文化ですね。浅草橋にある田中商店という文房具屋さんには、あらゆる色の紙テープが揃っています。ドイツのファンはそれを見つけたのかも。
柳澤 そういうジャパニーズカルチャーは、今かつてない大きさで世界を席巻している気がします。日本の女子プロレス選手はアメリカでも人気で里村選手がコーチに招かれたり、ブル中野さんがWWEで殿堂入りを果たしたりしています。
三田 米国には何人も行っていますよね。『極悪女王』がネットフリックスで配信されているということは、海外からも見られているんですね。
柳澤 そう。『極悪女王』は視聴数世界一を目指していました。そういう一般層まで届くコンテンツとしての「女子プロレス」を改めて示したのが2024年でした。
米国ではSukebanが、ブル中野さんをコミッショナーに起用して日本の女子プロレスラーをブッキングしています。あの団体は米国の富裕層の道楽にしか見えないんだけど。
三田 Sukebanは日本の女子プロレスラーが登場するアメリカのプロモーションですが、お金をかけていますよね。女子プロレスラーにギャルメイクをさせて日本のカワイイカルチャーと融合させている。メイクもコスチュームもものすごく手が込んでいるのですが、ネイルアートが長すぎて選手はちょっと試合しづらいみたいです。
女子プロレスが日本を盛り上げる
三田 里村選手は長与千種さんのGAEA JAPAN解散後、みちのくプロレスの新崎人生選手に誘われてセンダイガールズプロレスリング(仙女)を旗揚げします。この時、新崎さんは楽天イーグルスやベガルタ仙台のように地域の人に応援される団体を作りたいと話してくれました。その後里村選手が仙女の社長になった後に、男子の団体に参戦して男子選手と戦ったことがあったんです。その時に彼女のマイクアピールを正座して聞いている若い男子選手がいたので「どうしたの?」と訊くと、里村さんは子どもの時から見ていた憧れの選手なんだと言う。
宮城県出身の彼にとって仙女のプロレスは、野球やサッカー同様、夕方のスポーツニュースで流れる当たり前のものでした。だから、みちのくプロレスのザ・グレート・サスケ選手や仙女の里村選手は馬場さんや猪木さんに匹敵するくらいすごい存在なんだそうです。
里村明衣子選手が宮城県では「われらが育てたスター」としてとても愛されているのを知り、人生さんがやろうとしていたことがちゃんと形になっているんだなと感銘を受けました。
柳澤 里村さんは本当にすごいですよね。仙台の人たちにとって仙女の存在は僕らが思うよりもはるかに大きい。
三田 里村さんは選手としても、コーチとしても優れていますし、仙女を地元に愛されるエンタテインメントにした功労者ですよね。
柳澤 東日本大震災が起こり、人生さんは仙女を退いたけれど、里村さんはその後、道場もなく選手も少ない中で地元に密着して団体を頑張ってつくり上げていきました。そして今や英国やドイツから呼ばれ、190センチもあろうかという大きな選手にデスバレーボムをかましたりしている。ついには世界最大のWWEからコーチのオファーを受けるまでになりました。
『極悪女王』時代の女子プロレスはグローバルスタンダードなコンテンツではなかったんです。いわばテレビの時代で、日本中の女の子が全国を回って熱狂したけれど、結局は国内のカルチャーでした。それはすごいことだけれど、プロレスは今どんどんグローバルになっている。
広田さくらさんのファンクラブも海外のフォロワーが大勢いて、皆、彼女の自主興行を見にやって来ます。女子プロレスが好きでたまらない人が世界中にいて、仙女と試合をさせてほしいと言う選手たちもルーマニアやアルゼンチンなどから日本に来るわけです。
すごいのは、サーシャ・バンクス(メルセデス・モネ)のようなWWEのスター選手も、里村さんをリスペクトしていることです。米国が頂点の時代はすでに終わっていて、日本の女子プロレスが、ジブリのような存在感を見せている。それが今の女子プロレスの面白さでしょう。コンテンツが大きくなるのはこれからだと思います。
女子プロレスをわかりやすく
雫 私も自主興行をやっていますが、それはどちらかと言うと女子プロレスの枠での活動ではないんです。男子の選手や異業種の方も呼びますし、宝塚の要素を取り入れることもある。最近は「ファイティングサロンプロジェクト」という公開練習もやっています。
三田 サロンですか?
雫 そうです。このプロジェクトはお客さんに練習を見せる趣向で、ドラゴンゲートの新井健一郎さんのアイデアがベースにあります。プロレスのワークショップと言ってもよいかもしれませんが、例えばリスト(手首)の取り方やヘッドロックのかけ方を試合前に見てもらい、それを踏まえた上で試合をやるんです。
三田 面白いですね!
雫 他にもここをこうひねると痛いとか、この技はこう返せるといったことを解説しています。宝塚の演劇要素を取り入れる時は拍手の入れ方をデモンストレーションしたり、ペンライトを配ってお客さんに参加できる部分を増やしています。
見に来てくれた友人も「こういう演出は良いね」と言ってくれます。今の選手は皆技が上手いので難しさが伝わりにくいのですが、お客さんに細かいところを見せられる良い機会になっています。
こうしたデモンストレーションは、警察署とのタイアップで逮捕術と護身術を学ぶ参加型イベントにも生きています。
柳澤 アイデアが幅広いですね。
雫 そういうイベントができるのも、ビッグビジネスではないからこそです。警察署と開催した特殊詐欺防止イベントでは、500人ほどのお客さんが集まりました。
地域でやる時は、1つひとつのつながりを大事にできる良さがあります。地域密着という方法は、「少しやってみたい」という人たちの選択肢にもなります。
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