【三人閑談】
女子プロレスの時代
2025/04/25
『極悪女王』の時代
三田 『極悪女王』も、「これは私の、いや、私たちの物語だ」と始まりますよね。クラッシュ・ギャルズが輝いたのはダンプ松本さんがいたからでしょうし、同時代によきライバルを見つけられるのは本当に大事だと思います。この人だったらすべてを差し出せるという相手に巡りあえるかどうかが、レスラーの幸せに大きく関わるのではないですか?
雫 それはすごく大きいです。
柳澤 団体が全女だけだったからこそクラッシュ・ギャルズがいて、ダンプ松本がいたわけですよね。タイガーマスクがいたからこそ、「虎ハンター」としての小林邦昭選手がおいしかったように、ダンプ松本もクラッシュ・ギャルズの対角にいたからこそ一時代を築いたと言えます。
里村さんは米国のWWEに指導に行く時、その下部にあたるNXTの若い選手たちにブル中野や豊田真奈美らの映像を見せ、「なぜここでこう動いたか」と問うと言います。
三田 それは里村さんが長与さんから教えられたことでもありますよね。里村さんもGAEA JAPAN1期生として、長与さんから女子プロレスラーの動き方について随分聞かされたそうです。
『極悪女王』を見た人は誰もが「よくこれを演じたな」と驚いたと思いますが、プロレス指導にあたった長与さんや彼女の団体、マーベラスの選手たちは女優さんに演技指導ではなく、新弟子を育てるように一からプロレスを教えたと言います。身体技法を理屈から教えられたことで劇中で皆、プロレスラーになりきれたんだと合点がいきました。
柳澤 そうですね。長与千種のような優れた演出家の影響力は大きいと思います。
女性ファンのまなざし
柳澤 団体対抗戦が行われていた90年代はテレビ中継がなくなり、フジテレビの放送も深夜枠になっていきました。この十数年で人気が再燃しているのはなぜでしょうね。
三田 女子プロレスに触れる機会が増えたのは大きいでしょうね。YouTubeを見て来る地方の方もいれば、インスタグラムから興味を持つ女性もいます。
私も専門チャンネルのキャスターを二十数年務めていますが、かつてはプロレス雑誌やテレビの地上波くらいしか入口がありませんでした。プロレス専門局ができ、やがて団体が独自に配信チャンネルを持つと、試合や会見が個々に発信されるようになります。
柳澤 ネット社会の恩恵ですね。
三田 80年代との違いは、今女子プロレスを見ているのは圧倒的に男性ファンだということです。だから今、どこの団体も女性客を増やす工夫をしていると思います。女の子のお客さんを呼ぶことと、入門したい人を増やすことをほぼ同時にやっています。
例えば、新日本プロレス(新日)と同じブシロードグループの女子プロレス団体スターダムは、新日の興行で提供試合を行うことがあります。それによって、新日の女性ファンが「この子たちもかっこいい!」と言って、スターダムの試合を見に行くようになる。その中からスターダムの入門試験を受けに来る女性が増えたそうです。
今はショッピングモールやお祭りなどの無料イベントでも見られる機会は増えています。
雫 私もイベントプロレスに出ています。
三田 無料イベントで興味を持った方が今度はお金を払って団体の興行を見に行ったり、プロレス団体が開催しているプロレス教室に通うようになったりするそうですね。仕事帰りに身体を動かすうちに女子プロレスラーになった人もいます。"とりあえずやってみる"環境があるのは大きいのでしょう。
雫 私は最初から女子プロレスしか見ていなかったので男子のプロレスは知らないんです。
柳澤 かつては女性が女子プロレスを見る理由があったんですよね。今女性が見ても十分面白いと思うんだけど。
三田 プロレスラーになった女性は、友達に誘われて初めて女子プロレスを見に行ったら、こんなに全力で生きている同世代の女の子たちがいると思わなかった、と心動かされたそうです。
雫 宝塚ファンの友だちが私の試合を見に来てくれるのですが、ある男女混合団体の会場では、私のお客さんは皆、宝塚ファンらしい服装で来るのですぐに分かるそうです(笑)。
ですが、そういう友だちからは逆に「全然響かなかった」という感想も聞きます。というのも、演出の仕方によって男性の経営者やプロデューサーの見方が分かってしまうからだそうです。
三田 つまり女性ファンが求めているものを提供してくれていない、と。
雫 そうです。当たり前ですが、グラビアアイドルっぽさを打ち出す演出は女性にウケません。逆に強さを売りにする女子団体の試合にはそういう感じがない。
三田 団体のトップが男性か女性かによって見え方は違うのかもしれませんね。でも、それは気が付かなかったな。
柳澤 男目線のショーを見せられている感じなのですね。
雫 男性の「かわいい」と、女性の「かわいい」は違うと言われるじゃないですか。ビジュアル系はもてはやされると言いますけど、この選手はビジュアル系なの? という意見は女性の間で聞かれます。
柳澤 ビジュアル系の筆頭のようなジュリア選手(現WWE NXT)はどうですか?
雫 ジュリアさんは私の周りでは女性ウケがいいです。
三田 ジュリア選手はかっこいいですよね。グラビアアイドルから女子プロレスラーになった愛川ゆず季さんも最初は男性ファンが多かったところに、ボロボロになって戦う姿を支持する女性ファンが増えたそうです。
覚えてもらえるファンサービス
雫 以前、私の自主興行を見に来てくれた方から「プロレスラーはコスチュームでいる時間が短いので、後で顔が思い出せない」と言われました。試合後にジャージに着替えてしまうと見分けがつかなくなってしまうそうです。
それ以来、私の興行では入場セレモニーならぬエンディングセレモニーを取り入れ、花道を出る時にリングネームをコールすることで名前を覚えてもらえるようにしました。
三田 なるほど。それはいいですね。
雫 この他にもファンサービスとして実況解説を入れています。私も志生野温夫さんや三宅正治さんの実況を聞いていろいろなことを学びました。実況があることで、選手がなぜ痛がっているのかをお客さんに伝えることができます。
柳澤 80年代はサソリ固めと言えば「あれだな」と分かる人が多かったけど、今は技を知っている人がそもそも少ないということですね。
三田 今はインターネットで簡単に調べられるので後から掘っていく愉しみがありそうです。イベントプロレスでは実況を付けてくれる会場もあります。だけど、分からないまま見ても面白いのがプロレスの魅力でもありますよね。
柳澤 イヤホンガイドがあるといいかもね。今はスマホがあるから、聞きたい人だけが聞くこともできるし。
三田 それはいいですね。歌舞伎や美術館のイヤホンガイドのようなサービスはプロレス向きかもしれません。
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