三田評論ONLINE

【三人閑談】
女子プロレスの時代

2025/04/25

「全女は戦う宝塚だ」

柳澤 そんな女子プロレスを日本でテレビ中継し始めたのは、マッハ文朱(ふみあけ)さんが活躍していた1975年頃からですよね。この頃のテレビ局は視聴率を稼ぐために選手に歌を歌わせていました。マッハ文朱さんも歌手としてデビューしましたし、ビューティ・ペアも歌がメインでした。

それを完全に変えたのが長与千種とライオネス飛鳥のクラッシュ・ギャルズでした。長与千種という天性の演出家が男子プロレスの"打撃"を全女に取り入れ、ラリアットやサソリ固めといった技を駆使して、女子プロレスを激しいものにしていったのです。

長与さんはプロレスの流れを誰よりも上手くキャッチしていました。彼女の言う「滅びの美学」とは、ベビーフェイス・・・・・・・と呼ばれる善玉がファンの女の子たちに"痛めつけられる美しさ"を見せることにあります。ファンは血を流して悶え苦しむ長与千種に、周囲とうまくやっていけない自分の苦しさを重ねる。「あの人も私のように苦しんでいる」と同一化し泣き叫ぶのが、クラッシュ・ギャルズのファン心理でした。

リングアナウンサーの志生野(しおの)温夫さんはかつて「全女は戦う宝塚だ」と言いましたが、歌って踊れてファイトもできる女子プロレスが変容していく感じが、クラッシュ・ギャルズにありました。

 宝塚歌劇団星組の男役だった桃堂純さんはマッハ文朱さんのお嬢さんなんです。

三田 そうなのですか!?

 そういうこともあって20代の宝塚ファンの間でマッハ文朱さんの知名度は高いんです。

柳澤 それは知らなかったな。ちなみに宝塚と女子プロレスは、見ている時の高揚感は似ていますか?

 少し違いますね。きらびやかな宝塚に比べてプロレスはシンプルです。一番の違いは、宝塚のお客さんが誰もはしゃがないことかな。

宝塚はとてもマナーに厳しい文化です。

三田 コールとかも駄目?

 駄目ですね(笑)。でも東京宝塚劇場と、"村"と呼ばれる宝塚の本拠地は違いますし、全国ツアーで回る各地の会場でも雰囲気はまた違います。地方が緩いところはプロレスに似ているかもしれません。

痛い思いを見せられる仕事

三田 アイドルを経験した現役女子プロレスラーの中野たむ選手はイタビューで「プロレスとアイドルは似ていて、体が痛いか痛くないかの違いしかない」と言っていました。でも実は、それが最大の違いでもありますよね。

柳澤 たしかにそうですね。

三田 元アイドルの現役選手に「華やかな舞台をたくさん経験してきたのに、なぜ最終的にプロレスを選んだのか」と訊いたことがあります。プロレスは相手に痛めつけられて辛いところ苦しいところを、四方八方から見られる仕事ですよね。彼女が言うには「きれいではいられない時間の方が圧倒的に長いけれど、それを応援してもらえるのはプロレスだけ。そこがいい」と。確かにそのとおりだと思いました。

 少しコアな話になりますが、宝塚ではまず新人公演(新公)があり、そこで主演になれるか、なれなければ何の役が与えられるかで最初の勝敗がつきます。7年の間に新公の主演が取れないと、トップの路線から落ちるとも言われます。

中野たむさんが言うように、プロレスは確かに痛いのですが、宝塚にもケガはあります。私の大好きな北翔海莉(ほくしょうかいり)さんは立ち回り中に肩が外れても、そのまま舞台を続けたそうです。タカラジェンヌも見えないところで痛い思いはしています。中には役作りのために、あえて厳しい生活を送る人もいるようです。

ケガのリスクが信頼関係を生む

柳澤 雫さんは最初にリングで受け身を取る時は怖くなかったのですか。

 最初は怖かったですが、こればかりは慣れになります。

柳澤 頸椎を損傷するリスクもあるわけですから怖いでしょう。最近はあまり危ないことをしませんが、豊田真奈美さんのように、これはヤバい! と思うようなシーンをたくさん作ってきた屈強な選手もいます。

三田 プロレスは人の視線が集まるリング上で、ある意味命を晒して戦っているので、そこが見ている側の心を揺さぶるのだと思いますね。事故は起きてほしくないけれど、身一つで命も心もむき出しにして戦っている姿は、見ているほうにも特別な感動を与えます。

柳澤 プロレスラーはエンターテイナーであると同時に、ケガのリスクを抱える命を晒す仕事でもある。その恐怖と戦いながらリングに上がるヒリヒリした感じは、他の格闘技や演劇とも違いますね。

三田さんは若い女子プロレスラーと接する機会が多いと思いますが、選手たちをどのようにご覧になっていますか?

三田 女子選手の場合、一緒に練習をしている仲間にパンチしたりエルボーしたりすることに躊躇はないのかなと思うことがありました。というのも、なかなか自分の手で人を殴った経験のある女の子っていないと思うんです。実際に訊いてみると、答えは人それぞれでした。

アイドル志望だった子は最初、「怖いなと思った」と言います。ですが、やっているうちに相手が全力でぶつかってくれることこそが自分への思いなんだと分かった、と。それ以来、思いきりきてほしい、それなら自分も思いきりいけると思うようになったそうです。

リングの上で相手との信頼関係が紡げるという話を聞いた時に、これは特別だなと思ったんですよね。そういう人間関係が作れるプロレスラーを羨ましくもあります。

柳澤 女子プロレスラー同士が痛い思いをしながら1つの試合を行うのは、痛みを共有しながら1つの舞台を作っていく共犯関係と言えるかもしれませんね。

雫さんもリングではそういう連帯感を感じますか?

 相手によりますね。最近、警察署とのタイアップで私の18周年記念の自主興行にKONOHA選手を関西からお呼びした時は、「思いきりきてくれてすごく楽しかった」と言ってもらえました。それは見ている人たちにも伝わったらしく、KONOHA選手のコーチも「すごくよかった」と言ってくれました。

こうした関係は同じ団体にいると作りやすいのですが、団体が増えると初めて試合をする選手も多くなり、試合が手探り状態になります。私の場合、地方の団体の知らない選手と当たることが多いので息が合う選手と出会える機会はとても貴重です。それは親友を探す感覚に近い。

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