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【三人閑談】
"道草"を食いたい

2023/08/25

獣害と自然環境の変化

犀川 幼稚舎の敷地で草花の種類が変わっているとおっしゃっていましたが、立科のほうでもそういう変化が見られるのですか?

相場 すごい勢いで変わっています。私が赴任した当初はマツムシソウや秋にはキリンソウが生えていてお花畑でした。ところが、今はほとんどありません。最初の頃は本当にたくさんの草花が咲いていたので子どもにいろいろなことを教えられたのです。なにしろ100種類ほどの花が咲いていました。でも今は花が全然ない。山菜もかつては山ウドが採り放題でしたがそれもほとんどなくなってしまいました。

犀川 山ウドもアクが強い山菜ですよね。幼稚舎生も食べるのですか。

相場 アクをとれば山ウドは子どもでも美味しく食べられますよ。

田村 そうですね。芽も食べられるし、皮を剥けば茎も美味しい。

犀川 私は酢味噌が好きです。

相場 幼稚舎生には天ぷらで出します。酢味噌で食べさせたこともありますが、人気がなかったなあ。

田村 立科の植生が変わったのはシカの影響が大きいのでしょうか。

相場 そうなのです。シカが増えて野草を食べ尽くしてしまいました。山荘のグラウンドもシカの足跡だらけです。一方で、立科では自然の遷移も起きていて、白樺の木をたくさん植えてしまい、それが大きくなり、下はミヤコザサだらけです。そういう植相の変化とシカ害の両方の影響ですね。

犀川 私も以前研究を兼ねて何度か登った丹沢のブナ林にはシカがけっこういる気がしました。立ち枯れなども問題になって木が減っていたり、下草の様子が変わっていたりするのを感じました。

田村 山では、八ヶ岳や南アルプスの高山帯までシカが進出して高山植物が食べられてしまい問題になっています。今では北アルプスのほうの上高地などにもシカが入ってきます。今は通りがかるだけですが、いずれ定着してしまう可能性が高いので、そうならないように対策を打とうとしています。

犀川 対策というのは柵を立てたりするのですか。それとも捕まえるのでしょうか。

田村 まずは駆除ですね。追い払ったり捕まえたりする研究が進められています。

相場 地域ごとに獣害対策をしないと増え続けてしまうのでしょうね。

田村 そこにはいろいろな原因があります。山にたくさん植林した結果、動物が食べるものがなくなって麓に出てくる場合もありますし、生活のために山に入らなくなって山と里との緩衝地帯がなくなって里に下りやすくなっている場合もあります。温暖化で冬を越せる個体が多くなっているのも原因の1つです。

犀川 クマの被害もよく聞きます。

田村 猟によって獲られる数が減ったのも原因です。

犀川 そのバランスが難しいですね。

田村 部分最適だけを考えるとおかしなことになるので、全体を見て対処しないといけません。その時に自然と接した経験がとても重要です。自然は複雑であると身体でわかっていないと、頭で考えたことだけでうまくいくはずだと思ってしまいます。そういう人が増えすぎると社会はおかしな方向に進んでしまいます。

自然との関わり方を知る

犀川 自然は複雑なものだということは、私もよく感じます。化学だと短絡的にシンプルな経緯で決着をつけたくなるのですが、なかなかそうはいきません。生き物を使った実験だとなおさらそうです。無理に外れ値を見ないわけにはいかないので、そういうものを全部含めて生き物の行動なのだと思うしかない。環境を見ても、こちらを立てればあちらが立たずといったことが繰り返されている感じがします。

相場 私も長年、理科教員をやっていて、「採集理科」と名づけていますが、子どもたちにできるだけ採集させてあげることが自然を好きになる近道だと思っています。今は自然離れと言われ、まさにそのことを実感しますし、だからこそ実体験が大切なのですね。

私は30年前から野鳥も教えていて、高原学校でも生徒たちに野鳥の種類を熱心に教えてきました。それに取り組もうとしたのは、以前キジの鳴き声を子どもたちがサルの声だと言っていたからです。それはショックでしたが、同時に鳥のこともきちんと教えようと思いました。

理科の教科書や指導要領に鳥は一切出てきません。身近に鳥がいるのに、どうして学校で教えないのだろうと思います。子どもはウグイスの鳴き声を知っているけど、個体そのものを見たことがない。それは残念なことです。

犀川 鳥は都市部にもけっこういますよね。決してスズメやカラス、ハトだけではない。シジュウカラやメジロもよく見ます。見つけるとやっぱりかわいいなと思いますし。

相場 そうなのです。だから教育でももっとそういうことをやりたい。高原学校もその一環ですね。

田村 私も山岳ガイドとして、小中高校生の学習旅行や、子どもや家族向けの登山クラブを案内することがあります。実は長野県に住んでいても、意識しないと自然に関わる機会は多くありません。親が接した経験も少なくなっているので、関わり方も知らない。そこから教える必要があると感じます。

犀川 山登りに行くと、いろいろなことが新鮮でしょうね。

田村 そうですね。やはり教えてあげると、自分たちが見えている世界がすべてではなくて、いろいろなことが遠くまで有機的につながっているのが見えてくると思います。

実際の自然と接し続けるかどうかはともかく、自然や宇宙と繋がる自分なりのチャンネルを何か持てるように導いてあげたいですね。

(2023年6月22日、三田キャンパスにて収録)

※所属・職名等は本誌発刊当時のものです。

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