三田評論ONLINE

【三人閑談】
間取りという小宇宙

2023/02/24

間取り図づくりは癒しの時間?

竹内 私は建築学科を卒業後、住宅メーカーの営業職に就職しました。まさにマイホームの間取りをつくる仕事です。新入社員時代、外回りから営業所に戻ると、プラン集に掲載された間取りを描き写して、間取りのパターンを学習する課題がありました。学生時代には設計製図の授業がイヤだったのに、慣れない外回りでくたびれて帰ってきた後では心落ち着く楽しい仕事になりました。

浅尾 竹内さんが間取りを考えていたのですか? 普通は建築士の人が描くのでは?

竹内 じつは、一戸建ての住宅はそうではない場合が多いです。素人同然の営業マンが間取りをつくり、そのまま建ってしまう場合も多い。もちろん建築士が正式な図面(設計図書)にするので違法ではありませんが、もとになる間取りは営業マンが 考える場合が多いのです。

ひょんなことから研究者になった今、戦後の家づくりのなかで、間取り図やその検討方法が社会でどのような役割を果たしてきたかに興味をもち研究しています。

佐藤 間取り図の不思議なところは、誰からも教わるものでもないのに、皆がそれなりに描けてしまうことですよね。以前、某文化センターでワークショップを担当した時、理想の間取り図を描いてみるという企画を立てました。9坪の狭小住宅という枠で自由に描いてもらい、それを小冊子にまとめてみると描き方は人それぞれ、家具の配置まで描き込む人もいれば、住宅の広告に使えそうな典型的なスタイルを踏襲する人もいて興味深いものになりました。

竹内 営業マン時代のお客さんにも、こんなのを考えてみたのだけど、と自分で描いてくる人は多かったです。誰もが描ける背景には、日本に木造住宅が多いという事情がある気がします。畳敷きの6畳間と言えば、皆何となく想像できるでしょう?

佐藤 畳の存在は大きいですよね。住宅広告では今でも「洋室7J」といった表記が一般的です。

竹内 とくに木造と畳に負うところが大きい。住宅メーカーの営業職には文系出身者も多いのですが、ちょっとしたトレーニングで皆間取り図を描けるようになります。

情報量が少ないからこそおもしろい

竹内 間取りは建築の仕事をしている人たちからすると情報が少ないのです。だからこそ妄想が広がるところもあるのでしょう。『間取りの手帖』が面白いのは佐藤さんが説明しすぎていないところですね。読者が妄想できる余地が残されていて、佐藤さんの妄想も入っているのが楽しい。隣の住戸や共用部分の関係にも想像がふくらみます。敷地配置図がないことで周りがどうなっているかもあれこれ想像を促されます。

じつは住宅メーカーに勤務していた時代に、お客さんが最もテンションが上がるものが間取り図でした。立面図や断面図を見てもあまり高揚しない。

佐藤 高揚……わかるなあ。平面図を見るとどうしてテンションが上がってしまうのでしょう?

竹内 間取りは抽象化されることで抜け落ちる情報もありますよね。

佐藤 そうですね。逆に情報量が少ないからこそ想像力が刺激されるところは確実にあると思います。

竹内 間取りはコミュニケーションツールとしても優れていると感じたのは、佐藤さんが『間取りの手帖』の2年後に『間取り相談室』(ぴあ)を出版されたことです。「手帖」から「相談室」へ、というネーミングが秀逸ですね。

佐藤 ありがとうございます。『相談室』は架空の相談者の相談に私が答えるという体で書いたものでした。本当は実際に相談を募ればよかったのですが、そうすると真面目な内容になってしまうのであくまでもフィクションとして書きました。

浅尾 見ても読んでも楽しい本です。

竹内 妄想相談のような感じがいいなと。途中に間取りの猛者たちとの対談が入っていますが、これも貴重なお話だと思いました。

浅尾 同感です。『相談室』の間取りはフィクションなのでしょうか?

佐藤 間取り図は実在するものです。ただ『手帖』ほどインパクトのある間取り図が集まらなかったので、妄想を多めにトッピングしました。

竹内 今、『変な家』(飛鳥新社)という不動産ミステリーの本が売れていますね。これも間取りをもとに妄想を膨らませる話ですが、やはり専門家ではなくても想像力を刺激する力があるのでしょうね。

マドリッドで間取りを蒐集

佐藤 間取り図は日本特有のものなのでしょうか? というのも学生時代に語学研修でスペインへ行った時、マドリッドの間取りを収集しようと不動産屋を回ったことがありました。

竹内 それは洒落ではなく?

佐藤 洒落ですよ、もちろん(笑)。ですが、不動産屋の感じが日本とはまるで違いました。

浅尾 日本の不動産屋と言えば、窓ガラスに間取り図がびっしり貼られているのが一般的ですよね。

佐藤 はい。スペインの不動産屋は1つか2つ、簡素なパネルがディスプレイされているだけ。間取りという言葉も辞書にありません。私は間取りの研究をしている日本の学生で……と店の人に伝えるとだいぶ困惑されました(笑)。建物の骨格が大体決まっているから、そもそも間取り図があまり必要とされないようです。間取りよりも立地や築年数といった文字情報が重視されている様子でした。日本で間取り図が重視されるのは、都市部を中心にいろいろな事情でヘンな間取りが存在するからかもしれません。風水の故郷、中国では間取りという概念は存在するでしょうか。

浅尾 中国では寝室や玄関の方位をとても重要視しますが、日本のように細かく間取りを考える伝統はないような気がします。

佐藤 海外の人は家を選ぶ時に間取りに頓着しませんよね。どちらかと言うと内装を気にする。

竹内 日本はむしろ間取りが幅をきかせすぎているのかもしれません。

佐藤 何だかんだ言っても日本人はやっぱり間取り図が好き。

竹内 外観への関心も間取りほど高くありませんよね。

佐藤 そう、内装や外観への視点は抜け落ちていますよね。

竹内 外観もせいぜい、よそと同じは嫌だから色を変えたり屋根の向きを変えたりする。その結果、統一感のない町並みができ上がるという。でも、そこにも日本の間取り中心的な価値観が垣間見えて面白い。

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