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【三人閑談】
百人一首の奥義

2022/01/17

  • 小泉 徳宏(こいずみ のりひろ)

    映画監督(株式会社ROBOT映画部所属)。2003年慶應義塾大学法学部政治学科卒業。同年ROBOT入社。2006年『タイヨウのうた』で劇場長編監督デビュー。主な作品に映画『ちはやふる(上の句、下の句、結び)』等。

  • 佐々木 孝浩(ささき たかひろ)

    慶應義塾大学附属研究所斯道文庫長、同教授。専門は日本書誌学、中世和歌文学。1987年慶應義塾大学大学院文学研究科修士課程修了。博士(学術)。著書に『日本古典書誌学論』等。慶應かるた会会長。

  • 浜野 希望(はまの のぞみ)

    慶應義塾大学信濃町キャンパス経理課職員。2018年慶應義塾大学総合政策学部卒業。慶應かるた会OB。2015年、2017年全日本大学かるた選手権大会優勝。2016年全日本かるた選手権大会準優勝。2019年名人戦東日本代表。

「畳の上の格闘技」

浜野 「競技かるた」は今でこそ『ちはやふる』のお蔭もあって、「かるた=百人一首」と皆わかってくれますが、以前は、「いろはかるた」と思われたり、なかなかわかってもらえませんでした(笑)。

一般の百人一首のかるた取りは、札を百枚バーッと散らし、上の句と下の句が続けて読まれて札を取る形ですが、競技かるたはそれとは違います。1対1で行うスポーツのようなもので、「畳の上の格闘技」という別称があるくらい。そもそも使う札は百枚ではなく、場には50枚しか並べません。

しかも、バラバラではなく25枚は自分の方に向いて並んでいて、それを自陣と呼び、残り25枚は相手の方を向いていて相手陣と呼びます。そして、並べるのは50枚ですが、読まれるのは百枚。つまり読まれても場にない札があるわけです。

競技かるたとはいかに自陣の25枚の札をゼロにするかという競技で、自陣の札を取れば1枚減りますし、相手陣の札を取れば、自陣から札を相手に1枚送ることができます。相手がお手つきをすると、自陣からさらに1枚送れるので、必ずしも取った数によって勝てる競技ではない。相手との駆け引きなど、いろいろな要素が混じり合って、1つのスポーツとして成り立っています。

佐々木 競技かるたは誰が始めたんですか。

浜野 それまでバラバラだった競技のルールを制定したのは、作家の黒岩涙香と言われています。東京かるた会というものを明治37年に設立して統一したとのことです。

佐々木 黒岩涙香は義塾でも学んでいた人ですね。

小泉 競技かるたのルールは相当複雑なので、映画で説明することはほぼあきらめました。試みたのですが、そうすると映画が終わらないので(笑)。「とにかく早くかるたを取る競技」ということがわかれば、楽しんでいただけるだろうと。

僕のイメージでは将棋に瞬発力が掛け合わさったような感じで、ただ早く取ればいいだけではなくて、札を送ったり送られたり、どこに札を置くかといった駆け引きがすごくたくさんある。選手によって戦術が全然違い、頭脳戦と心理戦とアスリート的なところがハイブリッドで混ざりあった競技という印象でした。

佐々木 将棋でいう棋譜的な流派というか、戦い方のパターンが分かれていたりするんですか。

浜野 自陣の札を主に取る人は「守りがるた」、相手陣を攻めて取る人は「攻めがるた」と言います。大きく分けるとその2つですが、守りの中でもどこが早いとか、どういう札を送るとか、いろいろあります。

佐々木 札の分け方はそれぞれが25枚取って並べるのですよね?

浜野 まず百枚裏返して混ぜて、その中からお互い25枚ずつ取って、好きなところに並べます。

佐々木 並べるときは表にしていいのでしょう?

浜野 そうです。定位置と呼ばれる範囲の中なら、並べ方は自分の好きなところに置いていいのです。

小泉 トップクラスの選手になると、お互いの並べ方の癖も、取り方の癖も把握しています。そこで駆け引きがあったりするんですよね。

佐々木 すごいですね。僕は慶應かるた会の会長なのに何も知らない(笑)。

かるた競技者に必要なもの

佐々木 浜野さんは、どういう興味から競技かるたを始めたんですか。

浜野 小学校の時、大学のかるたサークルの人が、日本文化を学びましょう、みたいな授業で模範演技をしていたんです。その頃はまだお正月にBSで名人戦やクイーン戦などの放送があったので、それを見て、格好いいなと思い、中学から競技かるたを始めたんですね。

佐々木 中学校に部はあったの?

浜野 いえ、なかったので、近くのかるた会を探しました。偶然そこがかるたの聖地である近江神宮でやっているかるた会で。

佐々木 それはすごいね。近江神宮は甲子園みたいなものでしょう?

浜野 ぜいたくにも中学校の頃は毎週近江神宮で練習していました。住んでいたのは京都だったのですが、大津は近かったので。

小泉 かるたにはまったのはどんなところだったのですか。

浜野 競技にいろいろな要素があるところでしょうか。そもそも百枚の札を覚えていなければいけない。競技ではお互いに札を並べたら、最初にどこにどの札があるかを暗記する時間が15分間あるんです。まず暗記力。また1試合が1時間強で、大会で優勝するにはそれを7試合こなすので集中力が必要です。

あとはもちろん体力、瞬発力、動体視力。数えたらきりがないぐらい、いろいろな要素があるところに魅力を感じて没頭していきました。

佐々木 大変そうですけどね(笑)。

浜野 また、普通の大会だと、下は幼稚園児から上は80歳以上の高齢の方まで老若男女がともにできるんです。僕は中学生の時から近くの大学に行って練習し、いろいろな人と関わり、貴重な経験をさせてもらったと思っています。普通の中学生は大学生や大人と関わる機会がないと思うので、小さな頃からいろいろな世界を見ることができました。

小泉 いろいろな力が必要な中で浜野さんの強みはどこですか。

浜野 全部と言いたいところですが、メンタルでしょうか。相手に取られてしまったり、自分がお手つきしてしまったら、「ああ、駄目だ」と思いがちですが、そこをどう切り替えるかが大事です。

一試合一試合をどう戦っていくか、いろいろ考えることも多いのですが、ハートの強さでここまで強くなれたと思っています。

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