【三人閑談】
魅惑のチョコレート
2021/02/25
チョコレートと日本人
野秋 森永太一郎らが最初に売り出した板チョコは、今のものより1回り小さくて、今の貨幣価値にすると約1500~2000円くらいするものでした。当時はカカオ豆も大変高価で、やはり高級菓子だったようです。
本谷 どういう方が召し上がっていたのでしょうね。
野秋 上流階級でしょうね。製菓材料としてのチョコレート製造大手の大東カカオさんを創業した竹内政治氏の伝記の中に興味深い逸話があります。竹内さんが両親に手土産として、今で言うチョコボールのようなお菓子を持っていくと、母親が周りのチョコレートを剥いて中の砂糖菓子の部分だけ食べたと(笑)。
それが各メーカーの啓蒙普及によって次第に裾野が広がり、現在のように安価で手に入るようになっていきました。
本谷 かつては限られた人だけの楽しみだった食べ物が、ここまで愛されるようになったというのはすごいことですよね。
野秋 一方でBean to Bar のように、また違うこだわりを持ったチョコレートづくりも起こっている。
製造する方が多くなると、その分こだわりも増え、コストが上がりますが、今は多少高くても手間暇をかけてつくられた奥深さを楽しめる時代になっているし、他方で手軽に楽しめるチョコレートも豊富にある。1918年当時には考えられなかったような劇的な変化です。
食し方のバラエティー
本谷 チョコレートを食べると不思議なのは、身体が元気になる感じがするところですね。
山下 テオブロミンという天然由来の成分に覚醒効果があると言われていますね。
本谷 以前、グアテマラでマヤの祈祷師に会う機会があり、現地の儀礼に参加したことがありました。神様は甘くて、香りのよいものをお好みになるという言い伝えがあるそうで、チョコレートとお酒をお供え物として欠かさず用意するならわしでした。
野秋 そんな文化があるんですね。
本谷 また、初めてメキシコを旅した時にはお土産として円盤状のチョコレートをもらいました。
ちょっと変わった形だなと思ってかじってみると、「そうじゃない」と。実はそれは固形のココアパウダーで、お湯を加え、泡立てながら溶かして飲むものだったんですね。現地ではその円盤をひょうたんのようなかたちの器に入れ、すりこぎのような棒でかき混ぜます。チョコラテはスペイン語で、メキシコでは円盤状のココアパウダーを指すようです。
山下 それはカカオマスかもしれませんね。カカオ豆の胚乳を焙煎、磨砕しペースト状にしたものを固めたもので、アジアでも見られます。フィリピンの地元市場などに行くと、それを鍋でコトコト煮ている店があったりします。100%のカカオだから全く甘くないんですが、それをもち米にかけて食べる。やはり砂糖をかけずに口にするのが原産国では当たり前のようです。
野秋 カカオも砂糖も貿易品ですからどちらも最初は王侯貴族が独占していた。それらを掛け合わせるともっといいものになるはずとヨーロッパの人が気づいたんでしょうね。
本谷 私がメキシコで初めて飲んだときはほのかに甘みがありました。そのままだと苦すぎて飲めないから代わりにハチミツを入れたり。
山下 ハチミツを入れて飲むこともありますね。アニスやクローブなどの甘味系スパイスを入れたり。
本谷 香りも1つの楽しみですね。中南米は製糖も盛んなので、黒砂糖を入れて味付けすることもあります。
巡礼者を癒すチョコレート
本谷 スペインにチョコラテ・コン・チュロス(chocolate con churros)という食べ物があるのをご存じですか?
現地の人たちはチュロスと呼ばれる揚げドーナッツをチョコレートにつけて食べるのですが、そのチョコレートというのが葛湯のようにとろとろした液体なんです。胃もたれするほどくどいし、「どうしてこんな食べ方するんだろう」と思ったのですが、のちにこれが名物になっている場所が、サンティアゴ・デ・コンポステーラというカトリックの巡礼地だと知って、合点がいきました。
サンティアゴはスペインの北端にあり、年間を通じて晴れの日が少ない場所です。そこにヘトヘトになって辿り着いた巡礼の人たちが真っ先に口にするのがこのチョコラテ・コン・チュロスなんですね。ハイカロリーな揚げドーナッツとドロッとしたチョコレートが疲れた身体に染みるのでしょうね。
野秋 たしかに歩き疲れてクタクタの時に食べる甘いチョコレートは染み渡りそうですね。
スペインにチョコレートが入ったのは16世紀頃でしょう。バンホーテンが創業したのも、イギリスで固形チョコレートが登場したのも19世紀ですが、スペインでは16、7世紀からの食文化をそのまま保っている印象がありますね。
カトリックの修道院が板チョコみたいなものを食べていたというのを何かで読んだような気もします。
本谷 メキシコにはモレと呼ばれるチョコレートソースがあります。チョコレートの色がそのままペースト状になった褐色のソースです。この調理法が編み出されたのも修道院でした。5種類くらいの唐辛子にゴマやアチオテ、かぼちゃの種やアーモンドなどを加え、石臼で挽いてソースをつくるのですが、それをチキンなどにかけて食べるととても美味しいのです。メキシコの名物料理の1つです。
チョコレートは色々な形にアレンジできるところに奥深さがあります。最近はコスメにも使われるそうです。
山下 化粧水になっていますよね。ポリフェノール主体で抗酸化作用が高いというのが評判になって、使い始める人が増えているそうですね。
本谷 香りが優しいというのも、いろいろな用途に広がる理由なんでしょうね。
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