【三人閑談】
魅惑のチョコレート
2021/02/25
飲み物としてのチョコレート
本谷 私が飲み物としてのチョコレートに出会ったのは、忘れもしない22歳の時。バックパックを背負い2カ月ほどかけてメキシコとグアテマラをバスで巡った際に、メキシコのオアハカという町の市場でチョコラテ(chocolate)に出会ったのです。
薄茶色の液体に白い泡が立っていて、これが飲み物なのかとびっくりするほど気持ち悪い見た目でした。ところが実際に飲んでみると滋味深くてとてもおいしい。見た目と味がこれほど違う飲み物があるんだ!と2度びっくりしました。
野秋 気持ち悪いと思いながらも飲んでみたんですね。
本谷 現地の人から「これを飲まないお前はなんのためにオアハカに来たのか」と言われて勇気を振り絞りました(笑)。
山下 メキシコは「ストーングラインディング」と呼ばれる、カカオ豆を石臼で挽くスタイルで精錬が粗めなので、ザクザクした粒が飲料に混じるんですよね。飲料にする時はトウモロコシや小麦を挽いて溶いた液体で割るのが普通だと思いますが、本谷さんがお飲みになったのは何で割っていましたか?
本谷 トウモロコシです。ドロッとした食感でした。その石臼も「メタテ」と呼ばれる原始的なもので、それを使ってカカオだけでなくいろいろなものを挽くんです。
山下 スパイスなどもそれで挽いて混ぜますよね。
本谷 カカオ豆もスパイスもすべて「マノ」と呼ばれる石の棒を使って、メタテで挽いていきます。マノはスペイン語で手という意味なのです。
山下 僕、持っています。
本谷 こういう道具を使って少し粗めに挽くと独特な美味しさが生まれるんですよね。
中南米のチョコレート
山下 中南米はカカオ飲料にスパイスを入れて飲む文化が各地にありますね。アニスやクローブ、シナモンなどの甘いスパイスを入れるところもあれば、気候が冷涼なところでは、ジンジャーを入れたりもしますね。
本谷 唐辛子を入れたりもします。そういう違いが面白くて行く先々で飲んできたのですが、冷涼な高地だと、体を温めるために飲まれたりしています。
アチオテという食紅やバニラなど、地域固有の香辛料を混ぜて飲んだりもします。そうした飲み方はかつて強壮剤や薬として飲んでいたことの名残かしらと。
山下 各地で呼び方も違いますよね。JICAのODA関連のプロジェクトの仕事で行ったニカラグアでは「ティステ」と呼ばれていました。地域によって呼び名が違ったり、地元のおばあちゃんの独自のレシピがあったり、面白いですよね。
本谷 飲み物としてのチョコレートは千数百年前から伝統的に続いてきているのでしょうね。2010年にメキシコ料理が「ユネスコ無形文化遺産」に登録されましたが、あらゆるものを石臼で挽いて調理する製法は、スペイン人が新大陸に入植する以前からの典型的な方法とされていますね。
ニカラグアはメキシコよりも南の赤道に近い地域だから、冷たくして飲みますよね。逆に私がよく行くグアテマラの標高1500メートル以上の高地では温めて飲むのが主流ですが、カカオは高級品とされ、大部分が輸出品となり、庶民には行き渡らないのです。
コーヒーも同様で、現地で「コーヒー」を注文すると、コーヒーを薄めたような黒豆茶みたいな飲み物が出てきます。
山下 欧米などの先進国に輸出されるチョコレート用のカカオ豆は発酵させるプロセスがあるのですが、中米などの国内で流通しているものは基本的に未発酵であることが多いです。発酵は手間がかかるので、きちんとそのプロセスを踏めるのは高値で売れる輸出向けの品だけなんですよね。
カカオ豆の発酵はそれによってフレーバーが豊かになったり、渋みを感じさせるポリフェノールが分解されるという大切なプロセスなんですが、現地に行くと私達が親しんでいるチョコレートやコーヒーとは、ニュアンスが違うものが出てきますね。
チョコレート菓子の起源
山下 チョコレートに砂糖やミルクを加えて甘いお菓子として楽しむようになったのは、ヨーロッパの産業革命の時代と言われていますね。カカオと同時期に持ち込まれた香辛料の中に砂糖があり、やがてそれらを組み合わせてお菓子になっていく。
そうやってバンホーテンやネスレといったメーカーが製造を始めるようになり一般大衆にも広がっていったようですね。
本谷 ヨーロッパにカカオを持ち込んだのはエルナン・コルテスという説が有力ですね。コルテスがアステカの王だったモクテスマに謁見した時、カカオが貨幣の代わりに用いられているのを知ってヨーロッパに持ち帰り、カルロス1世(カール5世)に1528年献上したことがヨーロッパでも食されるきっかけになったと言われています。
野秋 ものの本では、コロンブスの積み荷にもカカオがあったそうですが、彼はカカオをほとんど無視し、船底にほったらかしにしていたと書かれていますね。
本谷 そうですね。最初はヨーロッパでも飲み物だったんです。それが固形になったのは19世紀ですね。
山下 様々な技術革新があって、固形のチョコレートができたんですね。その後もクーベルチュールという滑らかなチョコレートの生地をつくる製法ができたり、ショコラティエや製菓メーカーのように、生地からチョコレート菓子を製造する業態が誕生して洗練されていくんですね。
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