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【三人閑談】
"ゾンビ"がやってきた!

2020/03/25

和風の展開

岡本 『鬼滅の刃』は、本当にゾンビ映画の最新にあるものだと思っていて、「間」の在り方も多様化している。また、この作品が面白いのは、鬼が死んでしまう時に主人公が優しくしてあげることによって、生前の自分の思い出みたいものを思い出して、昇華し、成仏して死んでいく。すごく優しい話です。

だから、ゾンビっぽくありつつ、かつ幽霊譚的なものがそこに入り込んでいる物語だと思います。

山下 そうですね。またこの作品では「鬼」となっていますが、例えば『甲鉄城のカバネリ』(2016年)というアニメでは「ゾンビ」と言わないで「カバネ」と言っています。

岡本 和風ゾンビですよね。

山下 そう、和風です。その時に「ゾンビ」と言ってしまうと、つまらなくなる。例えば『ウォーキング・デッド』だって「ウォーカー」ですよね。たぶん、直接ゾンビと言ってしまうとつまらないので、言い換えをしているのでしょう。

だけど言い換えをすることで、そこで採用した言葉のイメージがまた流れ込んでくるんですよね。

岡本 なるほど。日本独特ということで言えば、僕はガチャガチャ文化が面白いなと思っています。「フルーツゾンビ」というシリーズが出ていて、「パイナップルがゾンビになっちゃいました」みたいなキャラクターが出てくる(笑)。

山下 すぐに「かわいく」なってしまいますよね。キョンシーもあっと言う間にかわいいものになってしまいましたからね。

宿輪 最初は白黒っぽくて怖かったですよね。

山下 香港映画の『霊幻道士』は怖かったけど、いわばそのパクリである台湾の『幽幻道士』(1986年)の主人公がかわいい女の子のテンテンで、それが子どもの人気を得て、「コロコロコミック」で特集までされました。

怖いものが受け入れられる時に、「怖い」と「かわいい」とはたぶんそんなに隔たっていないという気はします。

岡本 そうですね。四方田犬彦先生の『「かわいい」論』でも、かわいいものとグロテスクなものは、実は同居しているというような話が書かれていました。だから、キモカワとか、グロカワとか、最近はコワカワとか、実は同じ要素を持っているとも言える。

ゾンビが表象する世界

宿輪 ゾンビって意識とか希望がないじゃないですか。単に徘徊していて、人を見ればみつくだけの存在でしょう。それって何となく今の社会的な風潮も映し出しているような気がして、危惧があります。

何かになりたいとかがなく、今のままの状態が続けばいい。いい会社に就職しなくてもいいし、結婚もしなくていい。友達とずっとこのまま過ごしていけることが僕の希望です、みたいに言われてしまうと、やはり教授としては「ちゃんと世の中で頑張って、一廉(ひとかど)の人になってよ」と言いたい(笑)。

山下 今、日本はちょっとゾンビ化しているみたいな感じはありますよね。中国はいろいろ問題があるにしてもすごく活気がある感じなので。

宿輪 すごくアグレッシブですよね。

山下 ロメロの『ゾンビ』は、ショッピングモールでゾンビがウロウロする。これは、当時、アメリカが大量消費社会になって、皆、彷徨(さま)よっている状況をロメロは描いたのだ、というようなことをアメリカの批評では結構言われた。

ロメロ自身がどこまでそれを意識していたかは微妙だと思いますが、確かにそういう見方はできる。宿輪さんが言われた今の日本の状況は、それと似ているかもしれません。

宿輪 私は「シネマ経済学」という学問の分野を作って商標登録したんですが、日本はゾンビ企業というのも結構多いんです。

山下 ちなみに、中国語ではキョンシー企業(殭屍企業)と言います。

宿輪 そうですか、やっぱり。最近は「スマホゾンビ」というのもありますね。スマホをいじりながら、周りを見ずに歩いて人にぶつかっていく。あれは確かにゾンビ的ですよね。

岡本 宿輪さんの感じられることもすごくわかるのですが、一方で学生と話をしていると、結構バトル・ロワイアルなギスギスした世界に生きているんだなとも感じます。現状維持風に見える部分もありつつ、一方で下に落ちてしまうことの恐怖みたいな部分を常々感じているのかなと。他人が何を考えているのかわからない世界の中で安全に生きていくためにはどうしたらいいんだろうと、守りに入っているようにも見える。それがおそらく、向上心のなさみたいなものの裏返しなのではないかという気がします。

そのような状況が、特に『鬼滅の刃』のような、残酷な世界の中で、微妙な人間模様に分け入っていく作品の人気の1つの理由なのかなと。ゾンビ物というのは、話を人間同士の争いにも、ゾンビ対人間にもできますし。ゾンビに個性を持たせれば、ゾンビ同士の関係も描ける。複雑な今の世の中の状況を寓話的に描くのに、非常に有効な道具なのだと思うのですね。

山下 確かにそうですね。

岡本 あとは僕のもう1つの専門の観光に関わりますが、今の日本は「外国の人はどんどん来てください」と言っている。その中で、オーバーツーリズムのような形の弊害が言われるようになると、どうしても排斥の方向に向かう心理が出てくることにもなりかねない。

山下 「ゾンビは入ってこないでください」と言ってドアを閉めるのと似ていると。

岡本 そうですね。たぶん今の日本人は、外国人も含めて、身近な他者とどうやって付き合っていくのかということに敏感になっているのだろうと思います。そういう状況では、ゾンビ物はある種の教材として非常に有効に機能するのかなと。

山下 ゾンビコンテンツは、われわれの社会の様々な面を映し出していると言えそうですね。

※所属・職名等は本誌発刊当時のものです。

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