【三人閑談】
フラメンコに恋して
2020/01/27
無数にある歌
安藤 歌も、ミロンガとか、中南米の音楽も随分取り入れていますよね。
廣重 そうですね。キューバに1回入って、また戻ってきたグアヒーラという曲があったりします。
安藤 歌の数はどのくらいあるのでしょうね。
廣重 例えば「喜びの歌:アレグリアス」みたいなカテゴリーがあるんですが、そのアレグリアスという名の下に、無数の歌詞があるのです。「だから、アレグリアスを今日やります」と言われても、それが昨日のアレグリアスと同じ歌かというと、全然違う。曲の数は正直数え切れないですね。
伊集院 歌詞も日々新しくなったりしますし。
廣重 そうですね。ちょっと雰囲気がおしゃれになったり。
安藤 カタツムリ売りの歌というのもありません?
伊集院 「カラコレス」ですね。カタツムリ売りの売り声がもとになっていると言われています。
安藤 エスカルゴではなく、本当のカタツムリを食べるのですよね。
伊集院 おいしいですけど。
廣重 茹でて、蒸して。
安藤 つぶ貝を食べているみたいな感じですね。ニンニクといろいろな香辛料を入れて。ただ、形態が(笑)。
廣重 いっぱい積んであるのを見ると、「ちょっとぉーっ」って思いますよね(笑)。
伊集院 マドリードの古き良き時代を歌っている歌詞が多いんですよね。
また、ソレアレス(ソレア)などのちょっと悲しい形式のものだと、ヒターノの迫害の歴史を歌っていたり、ミネーラという炭鉱の歌とかもある。「兄弟の両手が切られてしまった」というような結構えぐい歌詞があったりしますね。
アレグリアスというのは「喜び」という意味ですが、曲はアラゴン地方のホタという音楽の形式が元なんです。ナポレオンが攻めてきた時に、アラゴン人が勇敢に戦ったので、スペイン全土に、ホタが流行り、歌として広まったらしい。それを南の人たちがフラメンコの形式に取り入れたのがアレグリアスだそうです。だから、歌の中に、砲弾とかが出てくる。
廣重 そうですね。「喜び」のカテゴリーのはずなのに、「爆弾が降ってきて」なんて歌詞がある。でも、曲調は明るいんですよ。いろいろな歌詞があって面白いです。恋の歌とか、生活苦の歌が多いでしょうか。
伊集院 自分の夫が飯をつくれと言って殴る、というような歌も結構あります。
廣重 うちの奥さんがどれだけひどいか教えてやろう、みたいな歌も。恋の歌も結構激しくて、「もう殺してやる」みたいなものがいっぱいあったり、あとは「お金がない、お金くれ」とか(笑)。
「今」を生きるフラメンコ
伊集院 「タブラオ」はマドリードにも何軒かあるんですが、ちょっとレストランっぽく高級感があるところが多くなったかもしれないですね。
フラメンコはアントニオ・ガデスが舞台芸術にするまではせいぜい5、60人が入れるくらいのところでやっていたのです。それが空気感を感じられるサイズ感かなと思いますね。
廣重 日本にも「タブラオ」は何軒かあります。一時よりだいぶ減ってしまいましたが、今あるのが、西日暮里、新宿、八王子ですかね。
伊集院 あと、浅草橋。明日、そこに出ますけど。
廣重 カンテをやる人が増えないかな、と思うんですね。
伊集院 少ないですね。プロがせいぜい20人ぐらいかな。歌い手をつかまえるのが大変なんですよ。
廣重 舞台に出られるようになるまでのハードルが高いんですよ。たくさんのカテゴリーを覚えて、どの歌でも歌えるようにしなければいけない。こんな感じの歌とリクエストも来るので、もう膨大なストックがないと舞台に出られない。
伊集院 フラメンコは歌が大事だから歌う人は確かにたくさんいてほしいですね。
廣重さんもおっしゃっていましたが、フラメンコをやっていると、日本とスペインはすごく違うということに気付かされるんです。僕らは、とりあえず考えてから動くので「間」があるんですが、スペインの人たちはリハーサルをしていても、じゃあやろう、次はなんだ、次はどうするんだと、どんどん行くんです(笑)。
「今」をどう生きていくかということに、すごく長けた人たちだと思います。これは、やはり狩猟民族と農耕民族の違いなんでしょうか。狩猟民族は、動物がいたらその場で倒さないといけないからではないか、と思うんですね。
安藤 実は私はアンチフラメンコだったんです(笑)。あまりにも、スペイン=フラメンコみたいな感じのところがあったものですから。嫌いなわけでは決してないんですが、あまりにもフラメンコと言われ過ぎるので。
でも、今回、お話をお聞きして、やっぱりフラメンコもいいなと(笑)。お二人のライブも見せていただければと思います。
伊集院 お話を伺っていると、フラメンコは確かに南のものだけど、スペイン全土からいろいろな影響を受けているということを、あらためて認識しました。スペインの中でいろいろな文化があるということを僕らも見ていないと、フラメンコだけだと駄目だなと。
安藤 とにかくスペインは民族衣装も、踊りも、歌も、いろいろあって面白い世界だと思います。是非多くの方がフラメンコ、そしてスペインの文化に触れてほしいと思います。
※所属・職名等は本誌発刊当時のものです。
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