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【三人閑談】
フラメンコに恋して

2020/01/27

「カンテ」の難しさ

廣重 フラメンコのカンテは難しくて、まず拍子が違うんです。日本人になじみ深い四拍子だけではなく、十二拍子や、一拍の長さが違う変速の五拍子などもあったりするので、基本的にまずそのリズムをとることができないと歌えない。

それから、発声も全然違うのです。私はフラメンコの歌手だから、「カラオケとか得意でしょう?」と言われるんですが、日本の歌謡曲、ポップスとは歌い方がまるで違うので、全然歌えないんですよ。

母音の押し出し方がすごく強いんですね。簡単に言うと、「だからなんとか」というところを、「だあかあらあなんとか」みたいな感じで母音を押し出していくのです。日本人は自分を押し出すのが苦手な人が多いので、とっつきにくい部分もあるのかもしれません。

伊集院 歌が一番難しいかもしれないですね。言葉の違いがまずありますし。

廣重 言語自体の発声の仕方が違うので体の使い方が違いますね。声の質も、向こうはものすごく乾燥した空気で、スペイン人は話す時もすごく声が大きい。乾いた空気の中で、常に大声でしゃべっている人たちと、日本で暮らしている私たちは、もともと声質が違うと思うのです。

しゃがれた声が、向こうの方たちは自然に出るんですけど、日本人は訓練しないと出ない。逆に訓練し過ぎても不自然になってしまう。

安藤 音階的な難しさというのもあるんですか?

廣重 どちらかというと、旋律自体は、日本人にはなじみがあるものも多いと思います。共感しやすいメロディーラインと言いますか。

伊集院 曲調は、ちょっと哀愁がありますよね。

廣重 日本の演歌に近いところもあるかなと。

伊集院 以前に北海道の留萌で、スペイン人と仕事をしていたのですが、街を歩いている時、スナックから演歌が聞こえてくると、「フラメンコだ、行こう、行こう」と言い出すんです。「いや違う」と言って止めたことがありますけど(笑)。何か似たものがあるのかもしれませんね。

安藤 こぶし的な感じのニュアンスもありますね。

コプラというジャンルがありますでしょう? あれが本当に演歌っぽい感じがします。

伊集院 本当に演歌そっくりですよね。歌手のロシオ・フラドとか、コプラが得意でフラメンコも歌う方もいらっしゃいますね。

ロマ民族の文化としてのフラメンコがあり、それを継承した、パジョというヒターノじゃない人たちのフラメンコもあります。こちらは踊りで言うと、ちょっと洗練された感じになっています。

多様性の中から生まれる文化

伊集院 先ほど安藤さんがおっしゃった、アントニオ・ガデスという踊り手はフラメンコを舞台芸術に変えた天才と言われているんです。

もともと小さな酒場でやっていたフラメンコが、カフェ・カンタンテというところでショーになり、それが今は舞台芸術にまでなって、フラメンコが世界的なものになってきた。今では世界文化遺産になっているんですよね。

安藤 そうです。2010年に世界無形文化遺産になりました。

伊集院 でも、僕が最初にスペインに行った頃は、「フラメンコ、え、なにそれ」みたいな人もたくさんいて、何か卑しい文化のように思っている方も結構いらっしゃった感じがします。

廣重 そうですね。田舎っぽいと思われていたようにも感じます。

安藤 ただ、セビジャーナスは結婚式の後のダンスパーティーで必ず出てくるんです。セビジャーナスが踊れると、「オーッ」という感じになりますね。

マドリードでも、結婚式やダンスパーティーというと、セビジャーナスとパソドブレは必ず踊ります。

伊集院 そうですか。パソドブレは、「タンタリアンタリアンタン」というやつですね。

安藤 そうです。闘牛のときに必ずかかる曲です。

伊集院 僕は踊ったことがないですね。

安藤 いわゆるソーシャルダンス(社交ダンス)の中に入っていますね。

伊集院 日本人がイメージするフラメンコの感じですね。

安藤 でも、本当のフラメンコとはちょっと違う感じでしょうか。

とにかくスペインには、各地方、それぞれの歌や踊りがあります。民族衣装も、われわれがイメージするフリルがいっぱいあるフラメンコの衣装は南のほうの一部のもので、スペイン全土では50以上あると思います。

伊集院 北部のアストゥリアス州の方も全然違いますね。知り合いにアストゥリアス人の方がいますが、ここはスペインのレコンキスタ(対イスラムの再征服運動)が始まった場所なんですね。

安藤 そこでイスラム軍を止めたというところです。

伊集院 いまだにスペイン王室に仕える人はアストゥリアス出身じゃなければいけないそうで。

安藤 イギリスで皇太子を「プリンス・オブ・ウェールズ」というのと同様「プリンシペ・デ・アストゥリアス」というのは皇太子の称号なんです。

伊集院 地方によって本当に違いますよね。カタルーニャ人は勤勉というか商売上手だし。バルセロナオリンピックは、彼らだからできたんじゃないかと言われている。アンダルシアの人は無理でしょうと(笑)。

闘牛との関わり

廣重 女性だから変身願望もあるし、あのフラメンコのカラフルなドレスを着てみたいなと思ったんです。でも、カンテだから、結局黒なんですよね。

日本のショーは、やはりダンスを目当てに来るお客さんが多いので、必然的に後ろに座るので、ダンサーより目立たない恰好をしなければいけない感じにはなりますね。

ダンスがない形の自分のカンテライブをやる機会はまだ少ないですが、合間をつなぐために、「歌だけでここで2曲ぐらい歌ってください」と言われることはよくあります。そういう時は、なるべく飾りが多めのものを着て行きます。

伊集院 男は、衣装はやはりハイウエストだったりしますね。

廣重 闘牛士っぽい、すごいハイウエストに短いジャケット、とかありますね。

安藤 いわゆるボレロですか。

伊集院 そうですね。だから闘牛とやはり関わりがある感じはします。ダンスの形で、闘牛士の動きを模したような動きもたくさんあるし。実際、昔の有名な闘牛士は、やはりロマの方も結構多かったようです。

廣重 「闘牛士ポーズ」は踊りにはたくさんありますよね。歌詞にも闘牛の話は結構出てきます。

安藤 「サパテアード」という足で拍子をとる動きがありますよね。よく聞くのが、「ドゥエンデ」という言葉なんです。踊り手、歌い手、ギタリストに「取り憑いてしまう」という意味なんでしょうか。

伊集院 そうですね、魔物みたいな。

安藤 そのドゥエンデは下から、つまり土からやってくると言われているようで、ただ技巧が優れているだけではなくて、そのドゥエンデが入ってくると、自分自身も、それから観客も感極まると言われているんですよね。

伊集院 そうですね。やはり東洋的な考えなのではないでしょうか。踊っている人が取り憑かれるみたいな。今はあまり言わなくなりましたが。

安藤 やはり、都会化されてきたということでしょうか。

伊集院 そういった要素は薄まっている感じはします。でも、東洋的な文化は確かにあります。習っている時に、「地面を踏んで、そこから花が咲いてくるように」といったアドバイスをもらうこともありました。

あと、カスタネットも使うんですが、ロマの人は実はカスタネットが嫌いなんです。あれは、クラシコ・エスパニョールというスペインの民族舞踊から来ているのかもしれません。カスタネットはすごく難しいんですよ。あれは僕はちょっとできないです。

廣重 私もやってみたんですけど難しい。幼稚園のものを想像していたので、ゴムが付いていると思っていたら、ただの紐なんですね。どうやって戻せばいいんだろうと思って。

伊集院 両手で音を出しながら踊るんですね。

廣重 あれができると、自分の売りになりますね。

伊集院 それが得意な踊り手さんが日本にもいらっしゃいます。

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