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【三人閑談】
フラメンコに恋して

2020/01/27

楽譜のない世界

伊集院 手拍子(パルマ)も難しいんですよ。

廣重 めっちゃ難しいですね(笑)。

伊集院 スペイン人の暗黙のグルーヴ感みたいなのがあって。それについていけなかったんです。しかも、何が違うか教えてくれずに「おまえ、それは違う」と言われることが多かった。

パルマは、パーム(手の平)から、おそらく来ていると思うんですが、フラメンコの手拍子の場合、少し両手をずらしてやるんです。

廣重 フラメンコは誰も教えてくれないことが多くて大変なんです。今でこそ変わってきましたが、何回も聞いてやっと教えてくれるような世界で。

伊集院 一種の秘伝のような。ラモン・モントーヤという有名なギタリストは、自分のお父さんが息子に聞かせないように、部屋に閉じこもって自室で練習していて教えてもらえなかったそうです。

安藤 楽譜もないことが多いですよね。

伊集院 基本的に譜面が読めない人が多いですね。

安藤 ドリームズ・カム・トゥルーの吉田美和さんが、フラメンコ・ギターの貴公子と言われているビセンテ・アミーゴを、アルバムを作るのに呼んだことがあるそうですが、吉田美和さんはきちんと楽譜を用意していたのに即興でやったと聞いたことがあります。

廣重 私が歌を習った時は、先生がまず全部歌ってみた後に、「じゃあ、あなた歌ってみて」と、クラスで順番にやるんです。スペイン人はこれで結構できてしまう。完璧ではなくても、聞いたものを歌うことができるんですが、日本人はそれが苦手で、その場だとどうしてもできないから、録音したものを家に持ち帰って一生懸命聞いて解析するんです。

ここでちょっと上がって、1回下りて、また3回ぐらいうねうねしてから上がるとか。でも、微妙な4分の1音階みたいな音程もあって正確に楽譜にできないから、音の高さを玉で書いて次の日に持っていくと、すごく褒められるんです。「マキナ(マシーン)みたい」だと。

「なんでそんなふうに先生をコピーできるの。信じられない、日本人すごい」って言われるんですけど、こっちからすると、皆のほうがすごい(笑)。

安藤 私がやっている楽器は、北部アストゥリアス地方のガイタというバグパイプの一種です。

バッグがあって、そのバッグに空気を入れて吹くという感じです。先ほどの「下からのドゥエンデ」に対して、こちらは上から息を吹き込む感じです。こういったところも、だいぶ違うのかなと思うのですね。

昔はやはり楽譜はなかったみたいで、口伝で習う方式だったようです。ところが1980年代以降、コンセルバトリオ(音楽学校)を出た人たちが口伝で教わっていたものを楽譜に起こしてかなり裾野が広がったようです。

伊集院 そういうことがありますよね。フラメンコもインターナショナルになって、パコ・デ・ルシアが世界中のギタリストと共演して、メトロノームの基準が大事だということに気付いた。その中でフラメンコのグルーヴをどう出すかという考え方になったのですね。

グルーヴを出すために、アクセントでちょっとリズムを揺らすという作業が必要なんですが、それをこのくらいやるとフラメンコらしくなるというところがあるんです。

今はそれがだいぶできるので、僕らにはすごい助けになりますね。学校ができて、そのように分かりやすくなることがあります。

フラメンコは日本で人気か?

伊集院 日本で人気があるのは、インドから来た人たちの東洋的なものとかアラブ的なものが融合されていることもあり、音使いに哀愁があったりするところが琴線に響くのではないでしょうか。

廣重 そうですね。感情移入を意外としやすいのかなと。

伊集院 ただ、スペイン人の有名アーティストの公演には多くの観衆が来るんですけれど、やっぱり、もともとやっていた内輪の要素がいまだに強い気もするのです。

愛好者が5万人と言われていますが、これ以上のムーブメントには、なかなかなりにくいのかなという気もしますね。それでもスペインに次いで人気のある国なのだそうですけれど。

安藤 でも、フラメンコほど世界に広がっていったスペイン文化はないですよね。私のやっているガイタも、1990年代終わりぐらいに、ケルトブームに乗って一時期かなり盛り上がった時がありましたけど、やっぱりフラメンコは別格ですね。

メリメ原作のビゼーのオペラ「カルメン」の影響もやっぱり大きいでしょうね。

伊集院 そうですね。カルメンという女の人も多いですし。

安藤 一番多いんじゃないですか。

伊集院 おそらく、ビゼーの「カルメン」まではそんなにいなかったんじゃないかと思うんですけど(笑)。

ああいう女性に憧れがあるのか、ともかく多いですね。

廣重 日本人的じゃないから、日本人もやっぱり憧れてしまうんですね。

私は、フラメンコが日本で人気なのは、日本人は抑圧された気持ちを抱えている人が多いからではないかと思うのです。逆にフラメンコって、ものすごく自分を出していくものなのです。だから、一回観たり、ちょっとやってみると、気持ち良くて抜け出せないんですね。

その気持ち良さがフラメンコ以外では得られないという感じで、はまっていく人が多いのではと。

伊集院 男のダンサーは少ないですね。やはり圧倒的に女性が多い。観に来る方も、習いに来る方もそうなので、男の人ももうちょっとやってくれるといいなと思うんですが。

安藤 私の教え子の男子で習っている子が、何人かいますよ。

廣重 それは嬉しいですね。

伊集院 今、自分でも、小規模ながら教室をやっています。踊りと、パルマと、カホンというパーカッションもちょっと教えています。

廣重 カホンも面白いですよね。

伊集院 カホンは大きい箱という意味で後ろに穴があいている、南米ペルー発祥のパーカッションです。パコ・デ・ルシアが1970年代に南米ツアーをした時に見つけて、フラメンコに取り入れられないかなと持ち帰ったんですね。

すごくシンプルで、低い音と高い音しかない。僕はスペインで習いましたが、我流でも結構できてしまうところもあって楽しいですね。

安藤 カホン専門でステージに立つこともあるんですか。

伊集院 いろいろなんです。今回はカホンで仕事をしてくださいとか、今回はパルマでとか、踊りと組み合わせてという場合もあります。パコ・デ・ルシアもそうですが、メンバーの踊り手がカホンを叩いていると思ったら、急に踊ったり、ということもあります。

安藤 足はどのように鳴らすんでしょうか。

伊集院 タップより、もっと踏み付ける感じですかね。でも、近年はタップの要素もバレエ的な要素が取り入れられ、進化していると思います。

フラメンコは足をものすごく床に打ち付けるので、近所迷惑になるんですが、最近は軽く打ち鳴らすような感じにもなっていますね。いろいろなジャンルの人と共演をして自然にそうなったんだと思います。

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