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【三人閑談】
サリンジャー生誕100年

2019/10/24

  • 武・アーサー・ソーントン(たけし・アーサー・ソーントン)

    東洋大学文学部日本文学文化学科准教授。ペンシルヴァニア大学 College of Arts and Sciences卒業。2013年にシカゴ大学よりPh.D. 取得。専門は比較文学、文学・文化理論。著書に『世界文学の中の夏目漱石』等。

  • 尾崎 俊介(おざき しゅんすけ)

    愛知教育大学教育学部教授。1991年慶應義塾大学大学院文学研究科博士課程単位取得退学。専門はアメリカ文学、ペーパーバック史。著書に『ホールデンの肖像』他。本年「英語教育」誌上で「サリンジャーに会いたい」を連載。

  • 蛙田 あめこ(かえるだ あめこ)

    小説家(ライトノベル作家)。2011年慶應義塾大学文学部英米文学専攻卒業。2018年『女だから、とパーティを追放されたので伝説の魔女と最強タッグを組みました』にてデビュー。学生時代は落語研究会に所属。

『ライ麦畑』との出会い

尾崎 最近話題の新海誠監督の映画『天気の子』は主人公が16歳の少年で、『ライ麦畑でつかまえて』の主人公ホールデンと同い年。その子が島から家出してきて、少ししかない荷物の中に、村上春樹訳『キャッチャー・イン・ザ・ライ』があり、いつも読んでいるという設定ですね。

蛙田 内容には言及していませんが、シーンの中の小道具として上手くこの本が使われていますね。

尾崎 僕は最後にヒロインが空から落ちてくるのをその少年が受け止めるのが、「Catcher」の意味なんだろうなと思っているんです。

でも1つ、サリンジャーファンから言わせてもらうと、『ライ麦畑』を、カップラーメンのふたを押さえるのに使うのはあり得ない(笑)。我々にとっては『The Catcher in the Rye』というのはバイブルなので。

しかし、今、若い人に人気のアニメ映画でも、そのようにして使われるというのは、やはり今でも影響があるのかなという気がします。

ソーントン そうですね。

尾崎 やはり『The Catcher in the Rye』を論じるとなると、いつ自分が出会ったか、どう出会ったかというのがスタート地点になりますね。

自分自身のことで言えば、はっきりと覚えています。慶應に入学して、日吉に通っていた1年生のとき。日吉の裏側の商店街のある古本屋で野崎孝訳の『ライ麦畑でつかまえて』を買ったのです。

蛙田 今、出ているのと違う版なのですね。

尾崎 そうです。白水社の「新しい世界の文学」というシリーズの中の1冊です。僕が19歳のときで今から30数年前のこと。この本の初版が1964年で、僕が買ったのはその10数年後ぐらいですが、その頃になっても毎年10万部売れていたのです。

ちょうどその頃は、「ニューミュージック」が流行っていた時代で、テレビの歌番組によく出ていた西城秀樹や郷ひろみ、山口百恵といった人より、実は松任谷由実とか井上陽水のほうがレコードが売れていて、それが格好良かった。

『ライ麦畑』はそれに似ているんですね。すでに出版から10年もたっていて、白水社も宣伝していないのに毎年10万部売れる。「それは一体どういうものだろう」と買って読んでみたら「はまって」しまったんです。

ソーントンさんは、アメリカで読まれたんですか。

ソーントン 僕はアメリカ生まれで、一時日本にも住みましたが、高校生の頃アメリカで出会いました。

実は一昨日までニューヨークにいたんです。すごく久しぶりに『The Catcher in the Rye』に目を通して、ペン・ステーションとか、セントラルパーク、メトロポリタン美術館を見てきました。メトロポリタン美術館の前の動物園の前も通りました。『The Catcher in the Rye』に出てくる動物園です。

でも最初にこの本を読んだときは、あまり印象に残らなかったんですね。どちらかというと同時期に読んだウィリアム・ゴールディングの『蝿の王』のほうに僕は衝撃を受けました。

サリンジャーの世界が初めて何となくわかったのが、大学に入って寮生活を始めたときです。いわゆるイーストコーストの典型的な、プレップスクール上がりの子たちにたくさん出会ったときですね。

ルームメイトもポロシャツを着てラクロスチームに所属している、典型的なアメリカの体育会系の子でした。父親はウォールストリートで働いていて。そのときに初めてサリンジャーの世界を身近に感じました。当時は90年代でしたが、変わらないものだなと。

『ライ麦畑』でもシャワールームのところから隣室の子が出たり入ったりしているでしょう。アイビーリーグの寮にいると、あの雰囲気はとてもよくわかるんですね。

蛙田 私はアメリカ系のミッションスクールに通っていたんですが、中学2年で読みました。そのときはちんぷんかんぷんでした。

私たちのような30代以下の世代にとって、サリンジャーは「おしゃれアイテム」なのです。「聞いたことある、それ、おしゃれ」みたいな感じで『ライ麦畑』を手にとったのです。「すごい悪口書く人だな、この人」という印象が強く残っています。

その後、大学生になった頃、私が尊敬する作家である佐藤友哉(ゆうや)という人を通して、サリンジャーに新たに出会いました。

尾崎 最初は誰の訳で読みました?

蛙田 野崎孝訳です。村上春樹訳(2003年)が出る直前だったので。

尾崎 いろいろな人たちの最初の『ライ麦畑』体験を読むと、中学、高校のときに、異性の友達から勧められるというパターンが多い。ちょっと背伸びしたい時期に、「これ、いけてるよ」という感じで。

蛙田 そうですね。私もそんな感じでした。

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