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【三人閑談】
海賊が世界をめぐる

2019/09/02

海賊は自由を目指す

桃井 海賊の魅力の1つは、「海」の賊というところにもあるのではないでしょうか。活動の舞台が海だったがゆえに、権力が分散的だったり、移動的だったりと捉えどころがない。

今でこそ海洋というのは有限な世界ですが、近代以前は、どこまでも広がる無限のもので、逃げてしまったら捕まらない。そこから海賊の自由なイメージが醸成されていったのではないでしょうか。現代人が海賊に惹かれる理由の1つは、そうした海賊の自由さにあるように思います。

伊藤 船で未知の海に出ていくというのは、最初にご紹介した『ヴィンランド・サガ』という作品のテーマでもあるんです。『ヴィンランド・サガ』というのは、北欧人がコロンブスよりも500年ほど前に北米に入植した記録・伝承に基づく話なのです。

その漫画の主人公に、「自分はもうこれ以上人殺しをしたくないからクヌートル王から逃げる。逃げていった先に、平和な別天地をつくりたい」という主張があるんですね。

ヴァイキング時代の当初、「アイスランド人はノルウェーの圧政を敷こうとしたハラルド美髪王の専制君主から逃れて、アイスランドに自由な国をつくろうとした豪族たちの子孫なのだ」という伝承も頻出します。

だから、ヴァイキング行為というものは、確かに悪かもしれませんが、海に出て行って自由を目指したというところが必ずある。それに時代を超えて魅了されるんでしょうね。

東南アジアにはそういう海賊たちを称揚するような物語や伝承といったものはないんでしょうか。

太田 現地のものでは思いつきませんが、ヨーロッパ人がマレーの海賊を美化してつくった物語はあります。ジョセフ・コンラッドの『Almayer’s Folly』(1895年)や、イタリアのエミリオ・サルガーリの『Le Tigri di Mompracem(モンプラチェムの虎)』(1900年)という話は、どちらも海賊が非常に美化されています。

『Almayer’s Folly』というのは、イギリスの支配者が海賊の娘を救い出して育てるのですが、彼女は、自分は保護されているのではなく囚われているのだとずっと信じていて、いつか救い出されると夢見る。そこに、現地のマレー系の海賊が実際に救いにやってきて、彼女はついて行くという話です。

『Le Tigri di Mompracem』は、やはり非常に閉ざされた生活を余儀なくされている美しい白人の娘が、彼女を奪おうとするマレーの海賊に恋をして、その海賊を追いかけていくというような話です。やはり海賊が自由の象徴で、閉じ込められた生活を強いられている女性を救い出す存在として美化されています。

伊藤 面白いですね。今のフェミニストたちが喜びそうなテーマではないかと思います(笑)。

太田 『Le Tigri di Mompracem』にはいくつもバージョンがあって、もとがイタリアですが、イギリスなどでも映画や小説、テレビシリーズにもなっていて、ヨーロッパ人には割と有名です。

冒険をするメリット

桃井 やはり人間は冒険というものが好きなのでしょうね。

伊藤 冒険をしたときに、「獲得できるもの」がありますね。例えば、女性であったり、金銀財宝であったり、あるいは、ナツメグやコショウのような高級産物であるのかもしれませんが、北欧の場合は、何といっても、南ヨーロッパが持っている、財宝も含めた文化力の高さだったのかなという気がします。

もう1つ、カリブの海賊にはどうしたってラム酒が付きものですよね(笑)。ヴァイキングにとっては、蜜酒(ミード)が大変有名です。

太田 東南アジアは何かあったかな。おそらく、ヤシ酒(アラック)が関係していたかなと。

桃井 海賊と酒という点で言えば、遠洋での長い航海で水が腐敗してしまうことから、ワインなどアルコール類が積みこまれていたようです。

そうした習慣に加えて、一仕事終えた海賊が港に戻り、どんちゃん騒ぎをするということがカリブ海では日常的にあったようですね。

伊藤 なにせ、海は水に囲まれていますけれど飲めませんので。

桃井 はい。それと、海賊が楽天的で享楽的であるというイメージには、先ほどの自由という要素も関係があるのかなと思います。

確かに冒険はリスクを伴いますので、メリットがどこかにないと冒険しないと思うのです。イスラムの海賊がキリスト教国を襲う時も、宗教的な面はもちろんあるとは思いますが、やはり新しく自分たちの土地を手に入れるという実利的な面があった。海賊というのは、実際かなり儲けが大きかったのだと思います。

太田 東南アジアでも、土地から取れるものより、船が積んでいるもののほうが、はるかに価値があるのです。だから、それを襲撃して取ることができれば大きな富を得られる。そして新天地に行って、港を築いて、そこを商業拠点にできると、それは政治的権力にもなるのです。

伊藤 そして冒険には、「命をかけて」というところが付きものですね。死と隣り合わせという部分も、都会に生きる現代人にとってはなかなか体験できないものなのかもしれない。

桃井 そうですね。また、18世紀の海賊バーソロミュー・ロバーツの記録に「海賊の掟」というものがあるのですが、そこには船長は投票によって選ぶなど、当時のヨーロッパの身分制社会の中ではあり得ないような平等な秩序があったようです。

そういう意味では、海賊の仲間になってしまえば、後は実力勝負というところがあったのだと思います。

太田 身分制社会を抜け出すチャンスであったということですね。

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