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【三人閑談】
文楽を愉しむ

2019/07/25

立役(たちやく)と女方(おやま)

 玉男さんの場合、私の拝見している限りでは立役が多いですよね。

玉男 ええ、僕は立役ですね。

 玉女さんのときも、「女」だったのに男ばかり(笑)。

玉男 そうそう。僕は襲名で玉(たま)「女(め)」から玉(たま)「男(お)」になったので。

 女の役をなさることはもうないのですか。

玉男 25、6の頃は、端役の女中や遊女役をいただいたことはありますが、その後はなかったです。敵役の、例えば「加賀見山旧錦絵(かがみやまきょうのにしきえ)」の局岩藤(つぼねいわふじ)、「伽羅先代萩(めいぼくせんだいはぎ)」の八汐(やしお)とかはたまにやることがありますけれど。

 悪い女の役はできる(笑)。

玉男 そうですね。これは大体立役遣いがやります。

 動きが荒いから。

玉男 歌舞伎でもやはり片岡仁左衛門さんとか、中村吉右衛門さんなど、立役の俳優さんが演じられることが多いのではありませんか。

石川 以前、渋谷区文化総合センター大和田の伝承ホール寺子屋公開講座で「酒屋」のお園を遣われましたよね。あのときは照れていらした(笑)。

玉男 いや、照れるんですよ。やはりずっと立役を遣っていると、ふだんはやらないので。体も大きいですしね。

先代師匠は老女方を遣いましたし、蓑助(みのすけ)師匠も女方ですが、若男も遣われます。先代の勘十郎さんは立役遣いだけでしたが、今の勘十郎さんは両方ともやりますけれど。

 勘十郎さんみたいな方は珍しいということですか?

玉男 そうですね。あそこまで器用にやりはるのは珍しいでしょうね。

足遣いの難しさ

 女の人形には足がないんですよね。

玉男 ないんですよ。

 でも足遣いはいるわけですか。

玉男 もちろんいます。

 もちろんって、だって足がないのに(笑)。

玉男 着物の裾をこのようにして。

 座ったりするときに足がいかにもあるように見せるということ。

玉男 そうですね。着物の裾に「つまみ」というのがありまして、両手で持って「ふき」をさばくわけです。これが女形の足遣いの難しさです。

足遣いにはあまり動かないのもあるんですよ。

石川 逆にそれは難しいですよね。

玉男 じっとしている足ですからね。大変なんですよ。座っている人形の足をじっと持っていて、人形の下にその足があるわけですから、歪んではだめで、その間、歯を食いしばって、汗がだらだら出てくる。

うちの師匠はじっとしている役が多かったんです。「桂川連理柵(かつらがわれんりのしがらみ)」の主役の長右衛門の足。それから、「本朝廿四孝(ほんちょうにじゅうしこう)」の武田勝頼の足……。

「おまえはこのじっとしている足を持たなあかんで。これは勉強やねん」と言うのです。そのときは分からなくて、なんで動く足に行かしてくれへんのやろと思い、それでずいぶん嫌になったことがあります。

でも、「動く足はいつでも遣える。じっとしている足を持ってたらええねん」と言うのです。

 何か禅問答みたいですね(笑)。

玉男 そう。でも、それは実際、後になって役に立ってきたんですよ。

じっとしている人形の足は人形遣いもじっとしていないといけない。動いたらだめです。だからそこは忍耐ですよ。

 よくそういう辛抱ができましたね。

玉男 今、文楽の人形をやりたいと言って、若い研修生が来ても、足10年とか言うと……。

石川 逃げていってしまう(笑)。

玉男 そうなんです。給料は安いし(笑)。だからそういうことはあまり言わないで、「文楽ええで」と誘う。

石川 「うどん、おいしいで」と(笑)。

努力次第で名跡を継げる 

 国立劇場には、後継者を育てる養成事業があるのですよね。

玉男 2年に一度公募があり、中学校卒業以上、原則23歳以下の男性が応募できます。今、研修生で3人来ているんですが、神戸大学卒の学生が1人いて、その子は太夫志望なんですよ。25歳とちょっと遅いのですけどね。

でも声は結構出るんです。研修生は2年間で、その間に僕たちが講習します。はじめの半年ぐらいは人形、太夫、三味線、3つともやらないといけないのです。

石川 研修生はほとんど文楽のお家ではない方ですね。そういう方がだいぶ増えていて、技芸員全体でどれくらいでしょう?

玉男 研修生出身は全体の40%ぐらいでしょうか。

石川 歌舞伎だと名跡は世襲なのでその家でないと継げないし、また逆に、継がなければいけない。

文楽の場合、(鶴澤) 燕三(えんざ)という、味線ですごく大きな名前を、研修生出身の今の燕三師匠がお継ぎになっている。

玉男 (野澤) 錦糸(きんし)さんも研修生からです。前は錦彌(きんや)さんという名前でしたが、先代の錦糸師匠の名前をいただいた。研修生出身であそこまで行ったのは初めてです。

石川 そうすると、これから入っていく研修生にとってはすごくやりがいがありますね。

玉男 そうです。自分の努力次第です。人形遣いも、太夫、三味線も実力の世界なので、いくら親がやっていても本人が下手やったら誰も認めない世界ですから。

石川 玉男師匠も入門されてもう50年過ぎましたね。

玉男 ええ、52年になります。

石川 ちょうど同世代の、和生さんと玉男師匠と勘十郎さんの3人がトップでいらっしゃって。

 すごい。三羽がらす!

玉男 ええ、本当に有り難いことです。この50年、本当にいろいろありました(笑)。平成27年に61歳で2代目玉男を襲名したことが大きいですね。

やはりこの襲名から、「これからが本当の精進や」という気持ちでいますね。

 襲名されると、その名前によってやはり風格も芸も備わってくる。すごく不思議だなと思います。

玉男 先代が偉大な玉男でしたので。うちのおふくろなんか「一生、玉女にしておいたらどうや」って言うてたんですよ(笑)。

きっかけがあって、こうやって襲名をさせてもらいました。師匠を襲名するというのは、やはり師匠を追いかけていくことになりますので、一生修業ですね。

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