三田評論ONLINE

【三人閑談】
文楽を愉しむ

2019/07/25

歌舞伎とは違う面白さ

石川 私たちの世代だと、小さい頃、東映の時代劇を見ていたり、テレビでもよくやっていたので、自然に時代劇に入れましたよね。「そりゃ聞こえませぬ伝兵衛さん」とか「して父さんの名は あいあい阿波の十郎兵衛と申します」なんて語ったりしていましたけど、そういう環境が今はないですね。

今の若い人たちも文楽を見てもらえると面白いと思うんですけれど。歌舞伎とは違う別の面白さがある。

 絶対面白いですよ。漫画世代だったら、歌舞伎よりも想像力を膨らませられるような気がします。

橋本治さんが書いていらしたけれど、義太夫の語りはすごく日本人の語彙を増やしてくれて勉強になる。子どもの頃からちょっと語らせて、いいところを覚えさせたらどうかと思います。慶應の幼稚舎あたりでやってください(笑)。

声を出すって、今の子どもたちにすごくいいことだと思うし。

石川 NHKのEテレの「にほんごであそぼ」では、勘十郎さんがやっていらっしゃいますね。

玉男 そうですね。(鶴澤) 清介(せいすけ)さん(三味線)と、(竹本) 織太夫(おりたゆう)さんが一緒に出演されています。

石川 私は、東京年4回、大阪も年1回は必ず見に行っているのですが、東京だとなかなかチケットが手に入らないのです。

 そうなんですよ。

石川 いつも行っている方がまた次も買うので、観客の層が常に同じなのかもしれないですね。客層を広げる手段は何かないでしょうか。

 「チケットが取れない」と文句を言ったら、「大阪に来てください」と言われましたけど(笑)。

玉男 東京はやはり劇場が小さいですからね。大阪は753席あります。東京は550席。200ぐらい違います。東京のほうが人口が多くお客さんも結構来られるので、200の差というのは結構大きい。

さらに大阪は日数が長いんです。東京は17日間のところ大阪は22日か23日ぐらいある。だから、大阪のお客さんはいつでも気楽に文楽を見られる感じもあると思います。

石川 あとは長門市のながと近松文楽など地方公演もあるんですね。東京でも地方公演があって大田区の区民会館や赤坂文楽(赤坂区民センター)、にっぽん文楽が明治神宮でやっていたりもします。

そういったところにもたくさん来ていただきたいなと思います。

 私の席が取れなくなるほど見えると困るのですけれど(笑)。

玉男 本公演が大阪、東京と続き、その間に個人の公演とか、学校公演とか、毎年夏には内子座(うちこざ)(愛媛県内子町)のような古い小屋でもやっているので、ほぼ文楽をやっていない月はないんです。

 ではお忙しい。大変ですね。

首(かしら)のしくみ

 私が俳優として、文楽が素晴らしい、と思うのは、別に涙を流すわけでも顔が変わるわけでもない。ただ、人形がちょっと上向いたり、下向いたり、横向いたりするだけで、表情が出るところですね。

玉男 そうですね。本当に1つ頷くだけでも変わります。

これは先代の玉男の首(写真)ですが、ヒノキでできています。師匠が自前でつくったものなんですね。

 頭が坊主になっている。鬘(かつら)も毎回付けるのですね。

玉男 付けたり取ったりします。これは「文七(ぶんしち)」という名前の首です。役には全部、名前が付いています。「文七」は主役ですね。

動かすと目が檀さんのほうに向きます。こっちを引くと目が逆に動く。

 この目の端、ちゃんと赤くなっているんですね。

玉男 これは「チョイ(引栓)」といいまして、人形を頷かせる仕掛けですが、太棹三味線の一の糸をつないで、顔の下、喉の下を通って、竹の栓にくくり付けてあります。節目のないヒノキですから、本当に100年でももつ首です。

 首の名前は同じ「文七」でも、ものによってハンサムだったり、ハンサムじゃなかったりしますよね。

玉男 そうです。「文七」の下は「検非違使(けんびし)」で、ちょっと若い。もう一つ下は「源太」です。

 「文七」という名前の首でも幾つかあるわけですね。娘もきれいな娘と、それほどでもない娘がいるでしょう(笑)。

石川 娘とか老女方(ふけおやま)とか。

玉男 ありますね。顔も一つずつ全部違います。ものすごくいい顔があったり、何かちょっときつい顔があったり、たくさん種類があります。

今日は胴体は持ってきませんでしたが、人形の胴の上に首を差し込み、胴体には衣裳を着けます。

 その衣裳の中に布団綿を入れるんですよね。昔の布団綿がなくなって困っているという話を聞いたことがあるのですが。

玉男 そうですね。今の布団はナイロン綿みたいなもので軽いんです。昔の綿とは全然違う。昔の綿というのはものすごく柔らかいのです。

 「檀さん家、古い布団ない?」って聞かれました(笑)。

衣裳を着けるのは人形遣いの役目なんですって。

玉男 「人形拵(こしら)え」といって、人形遣いが自分でやります。

 縫い付けたり、着せたりもですか?

玉男 そうです。人形の胴体に襟から順番に着けていきます。

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