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【三人閑談】
文楽を愉しむ

2019/07/25

  • 吉田 玉男(よしだ たまお)

    人形浄瑠璃文楽・人形遣い。1953(昭和28)年生まれ。1968年初代吉田玉男に弟子入り。翌年中学卒業後に吉田玉女を名乗り初舞台。2015年4月、師匠の名跡を襲名、襲名披露公演を行う。

  • 檀 ふみ(だん ふみ)

    女優。慶應義塾大学経済学部卒業。高校在学中に女優としてデビュー。テレビ、映画で活躍。『ああ言えばこう食う』(阿川佐和子と共著)で講談社エッセイ賞受賞。文楽好きとしても知られる。

  • 石川 俊一郎(いしかわ しゅんいちろう)

    慶應義塾高等学校教諭(国語科)。1979年慶應義塾大学文学部卒業。86年同大学院文学研究科博士課程単位取得退学。87年より慶應義塾高校教諭。この間、主事等を務める。著書に『江戸狂歌本集成』等。

三人遣(づか)いの人形

 私は文楽を見るようになってから10年以上になります。そろそろ見るのが2回目、3回目となる演目も出てくるわけですが、この頃、初めて見たのか、そうでないかが分からなくなってしまって(笑)。似たような話が結構ありますでしょう。

大体、いつも何か「理不尽だ」と思って帰ってくる(笑)。

玉男 悲しいお芝居が多いですから。

石川 いいじゃないですか。その都度新鮮で(笑)。「夏祭浪花鑑(なつまつりなにわかがみ)」みたいに派手なものは、「前は勘十郎さんが遣(や)った」「今度は玉男さんが遣った」というような見方もあります。

 確かに何回か見るとよく分かって、味わうことができますね。

玉男 僕もお客さんに1回よりも2回、3回と見ていただきたいなと思いますね。

昨日は4月文楽公演の千穐楽(国立文楽劇場公演『仮名手本忠臣蔵』)でしたので、すごく力が入りました。4段目の最後、「城明渡(しろあけわた)しの段」では、特に。

石川 玉男師匠が大星由良助(おおぼしゆらのすけ)で、4時間の公演時間のうち最後の30分だけの登場で、全部持って行ってしまった(笑)。

玉男 悪いなと思っているのですけど。(桐竹)勘十郎さん[ 高師直(こうのもろなお)]、(吉田) 和生(かずお)さん[塩谷判官(えんやはんがん)]の殿中刃傷の後、判官が切腹して家臣たちも皆、城を立ち去り、最後は由良助一人の芝居になりますので。

石川 切腹の場に由良助が遅れてやってきて城明渡しでしょう。文楽のセットというのは書き割りなんですが、大きく描かれていた背景が、パタンと変わって小さくなって、遠近法で城から遠ざかるのを表している。その歩いていくたたずまいで、もう、由良助の苦悩が分かる。

昨日、「足」がとってもよくて、足を遣っていた(吉田) 玉路(たまみち)さんに「足の筋肉まで見えたよ」って声をかけたんですよ。

 それは素晴らしい。見巧者(みごうしゃ)ですね。

玉男 城から外へ出るので袴をちょっと裾を絡(から)げるんですよ。そうするとちょっと人形の脛(すね)が見える。

 何だかすごく専門的なお話になっていますので、専門家じゃない私が解説申し上げると(笑)、文楽は普通、人形一体を三人で遣(つか)っている。これが、まずすごい。

石川 三人遣いの人形というのは、世界で文楽一つだけですからね。

 入門すると最初は足から学ぶんでしたよね。

玉男 はい、足ですね。

 足に10年。左手に……。

玉男 15年。

 左遣いに15年! 右手と首(かしら)は主遣(おもづか)いと言うのですよね。

玉男 はい。左手で首を持って、右手で人形の右手を動かすんです。

でも、そこまで行くのに、まず足の修業に10年かかります。

 今どき10年なんて!

玉男 私も大体10年ぐらいで師匠が認めてくれて卒業しました。

「うどん」で入門する

 玉男師匠は何歳で入門されたんですか?

玉男 14歳ですか。

石川 歌舞伎だと、主立った役になる方は世襲が多い。ところが文楽は、世襲もあるけど、玉男師匠のように、そういった家の育ちではない人も多いんです。先代の玉男師匠(初代)も違いますね。

玉男 そうです。僕の場合、人形遣いの人が近所にいたのです。

石川 亡くなった(吉田) 玉昇(たましょう)さんですね。

玉男 ええ。昭和41、2年当時はとても後継者不足だった。それで、玉昇さんに中学2年のときに「文楽に1回、遊びに来ぃへんか」と。

 懐柔されたわけですね(笑)。飴1個で。

石川 いや、飴じゃないんですよ。

玉男 うどんです(笑)。関西はうどんなんですよね。それで先代の玉男に入門したのです。大阪の、道頓堀にあった朝日座(1984年閉館)というところでした。

入ってすぐはまだ足も遣わしてもらえない。まず、人形が出入りする横幕という小幕を開け閉めする役をやらせてくれた。人形遣いが出るときに、「はいッ」とか、「いよッ」とか、いろいろ掛け声をする人がいるんです。「ぼく、『はい』と言うたら幕開けんねんで」と言われて。

 じゃあ幕開けの役から。

玉男 そうです。それから、お芝居が終わったら、舞台下駄を脱ぐときに師匠の足元に草履を揃えて出したり、おしぼりや手拭いを渡したりでした。

 付き人さんみたいな感じで。

玉男 そんな感じですね。そういうことをしながら、「足」をちょっとずつ教えてもらったんですね。

 「つまらないからやめよう」とは思われなかったんですか?

玉男 それはなかったです。面白かったですね。文楽の場合、太夫(たゆう)、三味線とあって、それに合わせて人形が動くということで、とにかくはじめて文楽の人形の舞台を見たらびっくりしましたよ。映画館みたいだし。パッと横見たらもう舞台があって。

当時の朝日座というのは、廊下にズーッと人形が置いてありました。14、5歳の子どもでしたので、はじめは怖かったんですよ。

石川 それは怖いですね。

 私も何度か拝見したことがあるのですが、人形はただそこに置いてあるだけだとモノでしかない。

ところが、人形遣いがちょっと首を持ち上げたりしただけで、たちまち魂が入るのですね。

玉男 そうなんです。人形はそのままでは、やはり死んでいるのです。ところが、人形遣いがこれを持つと、お客さんは「えっ?」と言われます。

ちょっとした微妙な動きでも、やはり魂が人形に入ります。文楽の人形というのは技術もありますが、本当に気持ちを入れて遣うんです。

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