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【三人閑談】
文楽を愉しむ

2019/07/25

良い太夫さんは眠くなる?

石川 昨日は大阪の本公演の千穐楽でしたが、今回は、全体として、お客の入りはいかがでしたか。

玉男 お蔭様でとてもよかったです。「国立文楽劇場開場35周年」として「忠臣蔵」を公演したのです。通し狂言で、本当は1日で全部終えてしまうものですが、全部やると夜遅くなってしまう。特に今回は、全段完全上演と銘打っていますので、4月は4段目までをやり、次に7月に5段目からまたやって。その次は11月に8段目から11段目まで、としています。

 通しでやると何時間ぐらいかかるのですか。

石川 これまでの通し公演だと、午前10時半から始まって終わりが午後9時半頃ですよね。

 すごい! ワーグナーどころじゃないですね。江戸時代の人は、それを通しで見ていたわけですか。

石川 そうです。朝早くから始めて、夜は照明がないから、日が暮れたら終わる。そんな感じじゃなかったのかな。

僕は本当は悪い観客で、ちょうどいい感じで義太夫と三味線が入ってくると、ついウトウトと(笑)。恥ずかしいのだけど、檀さんはそんなことはありません?

 私は皇室にも嫁げるといわれるぐらい、寝てるように見えないように寝ています(笑)。目を開けながら、意識が遠のいていくみたいな。

石川 前のほうの席だと、舞台から、「あ、このお客さん、寝てはるなあ」って分かりますか。

玉男 分かりますねえ。

石川 じゃあ今度から気を付けます(笑)。

玉男 でも、眠くはなりますよ、絶対(笑)。いい太夫さんの浄瑠璃はやはりよく眠れる。これは本当にそうだと思います。ちょっと下手な太夫さんは声が大きいばかりで、何か耳障りになるんですよね。

 この間伺った話なのですが、蓄音機で昔の名人、豊竹山城少掾(とよたけやましろのしょうじょう)(古靱太夫(こうつぼだゆう) )さんのSPを聴かせながら、実際に人形遣いさんに演じてもらう文楽が湯布院であったらしい。

そうしたら人形遣いの方が、「とても人形が遣いやすくてよかった。もう1回やらせてくれ」とおっしゃったそうですが、太夫の語りでそれだけ違うものなのですか。

玉男 山城少掾に三味線が(鶴澤(つるざわ))清六師匠ですね。今度また「野崎村」 を蓄音機でやるみたいですね。やはりいいんですね。山城少掾に語ってもらって、うちの先代が人形を遣っていたのを聴きましたが、ものすごく素晴らしかったです。

足遣い・左遣い・主遣い

石川 僕は国文学専攻だったせいもあり、25歳ぐらいからずっと文楽を見ているんです。

歌舞伎は諸先輩で詳しい方がたくさんいらっしゃる。近世文学をやっているのだからほかに何かないかと思って文楽を見始めたんです。そのころ玉男さんは玉女(たまめ)さんという名で、髪の毛が突っ立っていて(笑)。ちょうど入門して10年ぐらいで、まだ小さなお役でした。

 足から左になられた頃?

石川 先代(玉男師匠)の左に入られたぐらいだと思うんです。その頃は左が誰だとか全然分からなかったけど、最近、誰が左で誰が足だっていうのまで楽しくなって。

 それ、すごいです。

石川 体形で分かるんですよ。

 でも足遣いは客席から見えないでしょう?

石川 いや、でも時々クルッとなったりして、体つきが分かるんですよ。

 それはすごいですね。私は全然まだそこまでいたらない。

主遣いの方の高下駄。あれはどのくらいの高さがあるのですか。

玉男 高いのは40センチもありますね。

 やはり、足を遣う人たちがいるから、主遣いの人の下駄を高くして下に余裕を持たせているんですね。舞台もちょっと上のほうにあるし。

玉男 そうです。それで手摺(てすり)という足隠しがあります。約二尺八寸、90センチ弱あるんですね。そこに人形を差し上げると、人形が地面に立っているように見える。そのために、いくら背が高くても舞台下駄を履いて人形を遣う。

 玉男さんは大きくていらっしゃるから、玉男さんの足をなさっている方は、(位置が高いので)楽じゃないかと思うのですけど。

玉男 割と楽だと思います。でも、年を取ってくると重くなってきて、人形が低くなってくる。今、私も65ですから。

石川 主遣いが全部の人形を支えるわけですからね。

 人形は何キロぐらいあるのですか。

玉男 一番重いもので10キロぐらいです。

 それを左手1本で支える。

玉男 はい。ただ、左遣いが差金(さしがね)という棒を持っていて、人形の腰をグッと引いて受けてくれています。そうすると少しは軽くなる。

ただ、人形が歪んでしまったりするので、あまり人形を受けすぎてもいけないんですが。

 絶妙な感じで人形を支えて左を遣うと、主遣いも楽になる。

玉男 そうです。歪まないように左遣いが受けてやる。それが左遣いの責任です。

 でも不思議なもので、先ほど足遣いはあまり見えない、みたいなことを申しましたけど、よく考えれば、皆、見えているのですよね。

玉男 そうです。

 主遣いの方など、主立った方は顔まで出しているのですから。

でも、やはりいい舞台になると、全てが消えて、人形だけが動いているように感じる。あれがまた不思議な世界ですよね。

玉男 はじめて見る方は黒衣(くろご)が邪魔に感じられるようですね。ところが、2回、3回と見ると、それが気にならなくなると皆様おっしゃいます。そこは面白いなと思います。

人形は一番多いときで一度に舞台に8体ぐらい出るときがある。すると、3×8=24人、人形遣いがいるんですよ。

石川 あの小さな舞台で24人がうごめいている(笑)。

玉男 たくさん出るときは別の人形が邪魔になったりする。3人遣いというのは大変ですね。

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